うつ期であっても


 体重はじわじわ・・・増えはじめてる??

 ”お気に入り体重” 42~42,5Kを少し 越して43Kに
近付いている・・・、   やばっ!

 多少 縮んだ身長から適正体重値は 48~9Kなので、まだ 大分
余裕はあるーーー この前、テレビの健康番組で、わたしの身長での
適正体重は 51~2K・・・って、  ドクターが言っていた
 
 人生、 50K超えたのは お産どきだけ   
さすがに、それって   多過ぎじゃない??

 
 人から   痩せすぎ、 骨のガラだよ・・・
と 言われようと、良い加減の適正値は42~42,5Kなのだ

 軽いし、上から下まで すら~、じゃなくて、  出るところも出ず
すっきり、すとん、と  細いのがいいのだーーつぅの!!笑


 一日に食べる量は知れている、  モンダイは 甘い物!
それにパンも好きだし!

 若い頃は、甘い物が全く 食べられなかった
子育て中、子どもたちがお誕生会に出て、  ケーキが食べられず
残してきた・・・と 聞くにおよんで
  
 あぁ~、  勿体ない   持ち帰ってくればよかったのにぃ・・・

とか、言いながら、  あれ?
わたし  いつのまに、甘いもん 好きになったのかなぁ~
 という感じだった 笑
 

 
 季節の変わる頃は、家の内外 掃除・整頓etc・・・ 
メチャ忙しくなる、  やることがいっぱい!!
凹んでばかりでは はかどらない   身も心も家周りも メンテナンス!





 
    期間限定・了
   

 --受刑者関連の記述は 中断のまま、なのでいずれ書かなくては・・・
   といささか重いペンを、いや キーを打つ
 

 ”塀”の中から、トツゼン封書が届いて、
なんで、自分のところにそれが来たのか、理由も目的も判然とせず、
悩みに悩んで、 
 なおも逡巡しながら、少しく書簡がつづいた。


 といっても、もっぱら、受け取る側の役で、  送られてくる作品を
じぶんのブログに交えて、紹介する、という・・・、

 やつぎばやに 送られてくる  便せんびっしりの作品を前に
途方に暮れながら、    数通め、いや  二、三通目くらいから、
ふつふつと 違和感、疑問がふくらんできた。

 たとえば、同じく異国での終身刑の郷隼人さん、かってのホームレス歌人
公田耕一さんなど、  朝日歌壇に応募し、著名な選者に選ばれ、
新聞に掲載され、それを読者のどなたかがブログで紹介するーー
という過程を経ている。

 この受刑者の場合、
びっしり書かれた作品の中から、全く ど素人のわたしが、選んで
ブログに載せる・・・ ーーはたして 読まれてるのやらどうやら微少なブログ
であるにしてもーー そんなことわたしに出来るんであろうか・・・


 先方には、自ら新聞や雑誌などに応募してみることを勧めてみた。
それに対しては
 --是非書いてください、小説も書いてください、何でも聞いてください、
お答えします・・・
 という調子の内容がつづく。

 わたしがもし、書けるとしたら、それは強いていえば、心理学の面での
犯罪心理、書簡を通して、僅かでもそんなことの一端でも視えてくれば
書けるかも知れない・・と
 
 そんな思いも ただ虚しく、塀の中からは
依然、著名人の知り合いの名ーー管直人元総理(幼少の頃の)
も 出てきたーーを書いてきたり、朝日新聞との確執の説明などが続いたり
で、事件の概要については触れてくる気配はない。  
 
 亡き妻や母恋し・・・の作品や文面はあっても、被害者への贖罪をふくむ
言はまず感じられない・・・。
 
 犯罪、過去の罪に関しては、
もともと 縁もゆかりもない相手ゆえ 言及は出来ないのも無理はないの
かもしれないが。


 
 わたしの逡巡は深まるばかりで、心のうえで作品紹介も出来なくなってきた。

 小説を書く才もない、意志もない。
もし 書くとしても、何より、犯罪そのものや受刑者への関心が無ければ
書けない。
 
 で、 同人誌や知人など、小説に書いてくれそうな先を いくつか打診もしたし、
わたしなりに不慣れな奔走もしてみた。
 
 いずれも 反応は得られなかった。 何しろ 古い事件だし、最近では次々
惨い犯罪も起きていて、古い事件は淘汰? されていく世相になっていると
思われるし。
 
 さして縁もない受刑者のために、   何してるんんだろう、 ワタシ・・・
後になって、考えてみれば、   後のマツリ・・・ではある。  
 
 事件にまだ解明し残されているものが、もしあるならば、
贖罪の意味でも、本人自身が、書くべきではなかろうか・・・
 
  
 
 そんなふうに思う頃、 何通目だったか、

 ーー3年後の刑期に向けて、 身元引受人になって頂けるなら仮釈放の
可能性がありーー 云々と  書かれてきた。

 
 
 ついに 本音・目的?! を 言ってきたのだ・・・と思えた。

 こちらからの返信はずっと滞ったままだったが、
その手紙については、一晩過ぎた早朝、出勤の前だったが、早めに起きて
すぐ 返事を書き送った。

 ブログにも記したように、
●支援者にはなれない
●人の命を奪った罪の深さは擁護できるものではない

 この二点のスタンスは揺るがず在ることを 書いた。
 
 そして、小説は書けない旨 重ねて返答した、
ーー出来るのは作品を少しずつ 紹介していくことくらいです
ご了解くださいーーと書き添えた。

 折り返し 来た。  
支援不可・・に対しては  ーー ごもっともなことです、
 しかし、小説は書いてください、貴方なら書けます
 作品 また送ります、ブログにてよろしくお願いしますーー


 

 そして それ以後     書簡は途絶えた。

 
 推測だが、三年後の仮釈放に向けて、考慮・模索しているのだ・・・
と思う、 埒の明かない相手に関わっている時間は 無いのだ・・・と。



 当初から悩み悩み、迷い迷いの ”書簡集”は  未完 で、
たよりない わたしの役目は終了とします。

 以後は・・というか、以後も引き続き、 自分流のブログでまいります。


 

 

***

今も戸惑いつつ・・・である。

 

矢継ぎ早に届いてくる便せんにはびっしり、俳句や短歌、詩作品?

などが書かれている、

量的にすべて紹介しきれるものではない、

最近届いた内容からは、作品化を望んでいる気配も感じられる。

 

私は選者に程遠い “ただの人”だし、ド素人でもある。

 

忙しい時間をやりくりしながら、それらの作品を打ちこみながら

・・・わたし、なに やってるんだろう・・・ 

 

 

***

中日新聞・夕刊 歌人加藤英彦氏の、こんな記事を見つけた。

“痛覚呼び覚ます言葉の力 回復を”と題しての文中

文芸評論家の故菱川善夫氏は

「・・・殺された人間、あるいは殺される寸前の人間の恐怖の

心臓音を聞くことができずして、どうして表現者であり得よう」

というのだ・・・の くだり。

 

*この折りの的確な引用ではないのかもしれないのだが。

 

 

   *

 

・・・これら作品に

痛覚呼び覚ます言葉の力はこめられているんだろうか・・・

心臓音を聞いたものの表現者たりえているんだろうか・・・

 

 

 



***

話 まったく飛びます

 

青春真っ只中の時期 私は結構 トンでる少女だった

腹の立つ相手の頬っぺたを 張りとばしたこともある

 

高校の頃 仲のよかった同級生が 不良になりだし

ウソをつかれたり 裏切られたりして  

放課後の教室で 取っ組み合いのケンカをしたこともある

 

机や椅子が投げだされ 制服の片袖がちぎれ・・相手の子

はそのままの姿で 職員室へ向かっていった

その日 進路指導で担任に呼ばれていたのだ

 

翌日から数日 アスミは登校して来なかった

担任に呼び出されることを覚悟した

だが、タンク先生は何も言わなかった

眼鏡の奥の目で 私を見つめた・・だけだった   

 

アスミも私も 無事 卒業した

 

 

***アハッ!    かなりの 脱線話!! 

今はとっても 淑やかなる温順なる そして新聞の

残虐な犯罪事件の記事などには おもわず目を逸らして
しまうような
臆病なる一市民です~!!

 

アスミ どうしてるかな・・・ 

 修学旅行先の宿で消灯後 外から部屋へよじ登ったり
 ずいぶんなイタズラしあったね
 図書室でよく 進路のこと人生のこと いろんなこと 
 話し込んだり したよね 

2013.01.11 しぐれけり

 書くことに関しては  短歌以外 詩やエッセイ 

それに 俳句なんぞもほんの少し かじっている・・

モチロン 自己流で 字余り字足らずの 破調な

句ばかりである

 

 

 そこで 私・作

  俳句 ★

 

ひとの世に落差のありて冬案山子

 

枯落葉ひとつひとつのいのち見ゆ

 

芒野をあゆめば風が追ふてくる

 

不器用に生きてしまって冬しぐれ

 

言の葉のごと舞ひゆけり風花よ

 

山頭火読みたれば空しぐれけり

 

なにも無くなにも無くても年の瀬かな

 

空漠を繕ふごとく日向ぼこ

 

 

まんじゅしゃげ彼岸への道かもしれず

 

 

 ***友人 知人たちには 

~あぁ 詩人の作る俳句ねぇ・・・~と言われている・笑 

 

 

 ***

ブログで見付けた 郷隼人さんの こんな短歌

 

一瞬に人を殺めし罪の手とうた詠むペンを持つ手はおなじ

 

 ・・・このうたを読んで しゅんかん 背中がひんやり

つめたくなる・・のを感じた

 

リアルすぎる

 

 

  ***

昨日10日に、ようやく “塀の中”への返信をしたためた。

書簡が届いてから、一か月経っている。

待ちくたびれて、あきらめている・・と思われる期間だ、

 

ブログで諸作品など、発表するにあたり、犯罪名に関しての

記述は伏せるか、あるいは 開示・可とするか、

当人の意志を尊重します・・・というようなことも書き添えた、

 

返事のご返事 ください

と 書いた。

 

・・・発表に関しては、あるいは、私や詩誌同人たちに 

ただ 読んでほしかった・・・だけかもしれない、

そうであれば、ブログには自分の作品を書き込んでいこう・・

  

返事を待つ。     

つづきはまた

 

2013.01.06 大夕焼け

いそがしい毎日の 合間を縫って、川辺に沿った道を

ウオーキングする

 

橋をわたり、さらに隣市にまたがっての行程

距離にして7~8㌔、7~8000歩、1時間ほど・・、

ほとんど車も往来しない

たまに人が犬に引っ張られて歩いているくらいだ

 

人には頓着しなくても、犬とは たいてい 挨拶を交わしてゆく

ワンたちも にぃっ~と笑って ちゃんと返してくれる

たまに、こじゃれたギャルが 連れている こましゃくれたワン

は 通りすぎる人を無視しまくる 吠えまくる・・ 無論、
ギャルも あっち
向いたままで・・

 

ふん、 ナニサマのつもり?!

悪態なんぞ 投げて(心のなかで・・です) どんどん歩く

 

川はつづくのだが、道は行き止まりになり、未開発・途上の

すすきの野っ原が眼前にひろがる

360度 見まわせる 遠大なる風景である

夕暮れどきには 空が 赤く赤く染まってゆく・・・

ここに立って 空を見上げたりするのが 私のいちばんの

元気の素!

 

ここで軽くストレッチをして、引き返す

 

 振りかへり 

また振りかへり

       大夕焼け

 

下手クソな 俳句でも作りたくなってくる        

秋の季語だけど   ま、いいか!

 

 

  ***

手紙をくれた塀の中の人の事件は 調べたかぎりでは、業悪な

犯罪である。

代理人だった 人権擁護委員の元委員長だった弁護士は先年、

亡くなっている。

 

四方 壁の中で、おそらくは 返信を心待ち・・しているだろう

老受刑者の 作品中の哀切な生い立ち、残酷な運命・・・

それらを屑籠に放り投げ、可燃ゴミにしてしまうには

いささか しのびないものがある。

 

***

実は一時期、哲学、宗教学を独学で学び、その一環で、
いのちの書、
精神学、犯罪学・・・の書物も多数、
読んでいる。

 

最近も、エッセイで 永山則夫死刑囚にも言及しているし、

作家 加賀乙彦氏や他の作家の死刑囚との対話集、書簡集、

も読んでいて、それもエッセイに書いている。ただし、

それらはごく 最近のことで、発表もしていない。

 

なので、このたびの、・・歴史に埋もれたような 
ふるい事件の
化石の破片(かけら)・・が、なんの因果か、
私のところに 
舞い込んできたことに、なにか 
目に視えないふしぎな“力”
がうごいている
(・・・ような気もする)。

 

折から、長く続けてきた “詩の会”が 秋に閉会になり、

糸の切れた凧・・・になり果てそうな今、

書け、書くんだ、・・・ 天の啓示”が降ってきた
(・・・ような
気もする)・笑

 

不定期に発行している 小さな詩誌の読者は 詩友、
知人友人
にかぎられていて、人数も知れている。

 

今少し、効率のよい発表の場となれば、 ブログ!!

ブログ・・  しか思いつかない。

 

  ***

老受刑者の 寄る辺無き今の、独房での様子や心境、
そして作品・・詩?
というか、とにかく古臭い作風で、
このままでは誰も見てくれない・・

というそれらを、私が抜粋したり、読みやすいように、
自身のブログに
交えながら、紹介していく・・・ 
と まぁ、それが出来たら、の
話でもあり、希望でも
あるわけで。

 


   ***

ことわっておくが、私は支援者になるつもりはない、

どんな理由であれ、犯した罪の重さは 
“擁護できるものではない”。

 

もしか、犯罪などに関心を持つ人物や犯罪研究家などが
目を留めて、
受刑者とのあらたな繋がりができたらば、
私の役目はひとまず終了、なので、
それに関する記事は 
期間限定とする。

 

   

つづきはまたの機会に

2013.01.05 晴れた日には

 

よく晴れた朝には、太陽が水面に映って キラキラ 光り

川に無数の 水の星ができる

 

川の真ん中の中洲に 水鳥たちが集まって 会議がはじまって

いるようだ

 

「あそこのオバハン、 パン、パンッ! 布団を叩いてからに

わしら ビックリするやないか・・・」

 

「んだ、んだ・・」

「ふむ、ふむ・・」

 

べランダに立って 川の水の星をぼぉ~、と

眺めてるオバハンこと私、

そうだ、こんなことしてられない、ブログ 書かなくちゃ・・!

 



***

トツゼン、“塀の中” から(・・身に覚えのない)手紙が来て、

うろたえた日から はや、数日が経ってしまっている。

 

その事件のことは、新聞などで知っている。

が、昔の明治?か、大正?か、そんな時代くらいのことだ

と思っていた・・、そんな程度の知識である。

 

詩人の私のことは 故・R弁護士が教えてくださった、と。

R弁護士も 私には未知の名である。

私の何をご存じなのやら・・・

 

私の出している個人詩誌が、何かの伝か流れか・・で弁護士の

目に入ったか・・  さしてめずらしい趣旨もない ただの

詩誌なのだけど。

 

28年以上、独房で処する身・・という。

書簡や拙文の詩など、諸氏に読んでもらい、本人、個人情報 

開示も実名・本名で発表して頂いて 可、とも記してある。 

 

殆ど無名の詩人の私に何が出来るだろう

心は揺れに揺れるばかり・・

 

 

が、   私は書くことは 出来る!

 

 ***続きは次回に

 

 

 

 

 

川辺に暮らし、日々を詩や文に綴る・・・



初雪の舞った日、一通の手紙が舞い込んできた。

差出人は”塀の中”の人物、モチロン、見知らぬ名である、

身に覚えもない。

見れば、昔、ある事件に連座した当人?か・・・、便せん6枚にわたり自筆である。

6枚の内容が、何の目的で何の趣旨なのか、混乱の極みで、まだしっかり掴めないでいる。

が、察するに、その人物のその後や作品などを世にしらしめてほしい・・・??

無名の一詩人でしかない私に、そんなこと出来るん?? 荷が重すぎる・・・


つづきは また後日・・   


苦手なPCのブログ開設にかなり 苦労した、疲れた!!

はぁ~!