2017.08.23 鎮魂の晩夏
   暦のうえでは今日、      
         処暑



例年 八月少し過ぎたころから 川の上を

トンボの群れが舞いだす

どんなに大気不安定な今年も 同じように。。。

朝方は涼しくなったが、昼間 晴れているあいだは

まだ暑い



昼間は動けなくて グダグダの日々・・・、

朝、うつの底で起き上がれないわたしを

小部屋の書棚に置かれた姉の 絵 が

叱咤激励するかのように 見おろしている



DSCF671525号用・姉の遺作 



 * 


  
姉は 闘病中も とても生きたがっていた

病に罹ったことを 無念がっていた

最期まで 部屋に絵の道具が出してあった



夫も そうだった

 病をおして 娘に車を走らせて

生涯 愛してやまなかった草野球のホームグラウンドを

見に行ったりした



  *



なのに


生きているわたしは  どうなんだ・・・

姉の最後の絵に 諭される



**ちゃん、 生きてればこそ

やること、やりたいこと、  あるでしょ、

  悔いのないように やるんだよ・・・




夫の笑顔の遺影も笑って言う
 
  いいなぁ おまえは生きていられて・・・、
  





そうなんだ・・・、わたしは

生かされている いのちを守り

日々 指標を見いださねばならぬ





DSCF67028/15愛環夕暮れ 


2DSCF6703 



DSCF672325号用 


DSCF672815サ 
 

2017.04.01 詩・草の原で
 
草の原で



帰り道 屋根のない電車に乗って
外を眺めていると
広い広い草の原に差しかかり


暮れなずむ光りに草は黄金色に照らされて 
さわさわ風に揺れ
そこで少年たちが野球をしている


たくさんのグループが あちこちで
監督らしき大人も混じり
球を投げたり拾ったり 走ったり


見る見る日は落ちかかり
白いユニフォームがちらちら
背番号に塗料が縫ってあるのか
少年たちが動くたび 光って見える
光りの粒が きらきら動く


あぁ きれい・・・
見知らぬ同乗者と感嘆しあう

  *

ひとに逢って何か告げることがあって
来たのだった


逢えずの帰路だったが 
伝えたいことって たいしたことではなかった
ような気がしてきた
さびしくはなかった
これでいい


無蓋車の乗り物は心地よく 
空からも 光りの粒が降ってきて 


少年たちが走りまわる広い広い原っぱ

残像を心にとどめた




       草の墓標・浮島
                    
川に浮かぶ繁みに小さな動物が棲みつくようになった 
浮州の草の原には背の高い灌木も繁っている 
雨の少ない乾季に繁ったもので 広さはないが
横には結構な長さがある 今は橋桁にも隣接している

けれど強い雨が降ったり数日降り続けようものなら 
たちまち沈んでしまう浮島である 

小さな動物は昼間は茂みに隠れ 朝になると陽ざしの
あたる橋桁のコンクリに乗っかり 座りこんだりしている

茶色で貌の前と首が白く尻尾が長い 貌もからだも
すべてが細身だ 他の目撃したひとは犬だという 
見掛けるようになってかれこれ一週間以上経っている 

犬だとして水に断絶された草の茂みに長くいられる
ものなんだろうか 
なにを食べている? 
季節は乾季を過ぎ 雨季に向かうところである 
ここ数日雨が降り続き橋桁が水面すれすれになる

水道橋に雨をしのぐ屋根はない 小やみになった朝 
動物は橋桁にもたれるように座っている 
ずぶ濡れのようだが今のところは無事だ 
呼びかけると反応はするが いっかな川を
渡ってくる様子はない 
怯えている警戒している ひとにも
ひと以外のなにかにも

いつまで生きられるか 
もしある日 つめたくなっていたとしたら 
細長い草の浮島ぜんたいが墓標になるだろう


そんなことをパソコンのキーボードで打っていると 
眩暈がしてきた
傷んだ目の奥に小動物の白く長い尾が 
ぼぉー 揺れている  

      



      イタチかテンか?!

庭の手入れをしていると、
目の前の川土手を、
未確認小動物が右から左へ素早く横切って
いった。

あっ! 
おもわず出したわたしの声に、
走りながらこっちを見た(・・ような気が
する)。
つぶらな黒い目だった。
ナンだったろう、イタチかテンか
ミンクか、まさか、、、




それからまた少し日にちが経ったころ、
近所の人が川の方を気にして見ている。

ナニか、 いるんですかぁ?
家の中から問いかけると、川の浮州を
指して、何事か言っている。

その方角を見ると茶色の小動物が灌木の
繁みに見え隠れしているようだった。

近所の人たちは“犬”だという。

数日前にわたしが目撃したあの小動物か?!
どんな経緯で川に入りこみ、浮州に
とどまったのか・・・



犬だとして、どこからどうしてここまで
来たんだろう、
前山あたりで捨てられたかして、
水道橋の底を伝ってこちらへ渡ってきたものか・・・



見掛けるようになって一週間以上経った。
犬だとして、水に断絶された繁みに長く
いられるものだろうか、草以外、
食べるものも無さそうだ。 


季節は乾季を過ぎ、数日の雨で橋桁が
水面すれすれになってきた。
水道橋に雨を凌ぐ屋根はない。

朝、雨戸を開けると犬は橋桁に座り、
こちらに反応して見上げるようになった。


ひそかに「テン」と名付け、土手から、
パンを手にかざし、
「テーン、こっちにおいでー!」
呼びかけてみるが一向に渡ってくる
様子はない。


チーズとかウインナーとか固まり系の
ものを投げてはみるが、浮州までは
見た目より距離がありそうで、
まるで届かない・・・、


ずぶ濡れになってうずくまる小さな姿は、
寂しさのかたまりに見えた。



土砂降りの続く日、近所の方の通報で、
レスキュー隊が赤い車を連ねて来た。

高い水道橋から命綱をつけた隊員が橋桁
に降り、
繁みに逃げ回る動物を網でとらえた。



犬の「テン」は沈みゆく草の原から
引き揚げられた。


怯えて、薄汚れて、骨の浮き出た細い
小さな躯が
ブルブル震えている。

家に駆け戻り、
冷蔵庫にあったハムやパンを
手当たりしだい掴んで取って返し、

「食べ物は与えないでください」
という隊員には構わず、口に差し出して
食べさせた。




その後、引き取り手がなく「テン」は
動物保護センターの車に乗せられていった。


ごめんね、ごめんね!、
テン、助けられなくて!!
 


 ***浮州の灌木の繁みは何度かの
豪雨や台風によりなぎ倒され流されて、
今は無くなっている***




休憩所
ひと休み~~
ゴマ粒ではありません  水鳥で~す

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2013.09.25 落葉 踏む

       

自選 十句

 

 

       風の秋 

 

はらはら、 追憶も散る  風の秋

 

群青の  空 深まりて  今朝の秋

 

えんぴつの 芯 とがらせて  秋を描く

 

雁渡り  雲もなき空 ひきつれて 

 

鬼やんま すがたのままに 死にたへり

 

犬の耳 うごき 鼻うごき  虫の秋

 

座右の辞書  は ぼろぼろなる 秋夜長

 

曼珠沙華 いのちの果てを 照らしけり

 

木犀の 香に付き添われ  ポストまで

 

生涯の  夢 さだまらず  落葉踏む

 

 

 

 

       落ち葉 踏む

 

 ゆめ 定まらないまま 今日に至ってしまった・・・

 

 出版、編集、詩人、作家・・などの“語”は 今でも

わたしのなかで光りかがやいている。長いあいだヒソカに、

胸の奥底にしまいこんであたためてきたユメ、でもあった。

 

 ・・・あった、と過去形なのは当然ながらやむをえない。

いくつかのユメやキボウは自然(必然?)淘汰されてゆくもの

なのだから。

 

 子育てが一段落したころ、 ― 北海道へ渡って、

「ムツゴロウ動物王国」へ志願しよう ― と思ったことがある。

キビしい大自然を背景に動物相手に暮らす、年中、長靴と古ズボン

で素顔の貌さらして・・・、  志望 ぴったし!!

 だけど、王国、若さも体力もない私を雇ってくれるだろうか??

 

 ・・・ということで、そのユメもユメに終わった。 

 

 

 

 

       回転寿し記念日

 

 回転ズシ、なるものを知らぬまま、このおんトシ! に

なった。

 

 わたしの知る回転ずしの店の光景は、TVとかで見る位で

いつだったか、デビ夫人が、

「隣りにいる客がね、私の食べたいもの、先にどんどん取って

しまうの、アタマにきてね、店の人に叫んだの、

 この回転、逆に回してくださぁ~い!!」

 

 

 客の前にベルトコンベアーみたいなのが回って、お寿しの

皿が回ってくる、それを取って食べるん・・でしょ??

 

 夫はお寿しが好物だった。

― なにか食べたいもの ある?

― すし!

― きょうはご馳走にしよう、何がいい?

― すし!

 まことに明快であった、手の掛からない。

 

 我が家は富裕層ではないから、鮨屋さんのは高級品扱いで、

もっぱら、農協やスーパーで売っているものを買ってきた。

それでも上機嫌! 満面の笑顔で食べていた。

 

 夫の元気な頃に回転ずしが出始めていたら、まず行って

いた筈だ。ついぞ、行ってきた、食べてきたぞ! の報告

も聞かずじまいだったから、闘病に入ってから流行りだした

んだろうか・・・。

 

 わたしのほうは特に好物でもなく、その後も命日や節目

の日に買ってきたお寿しをお供えするくらいできたのだった。
 


 最近、巷では、回転ずしに おひとり様の女性客が増えて

いる、という。気ままに自分の食べたい分だけ選べる・・と

いうのが理由だそうな。

 

 わたしも 回転ずし、行ってみたい!!  娘に話したら、

「かあさん、ひとりじゃムリだから付き合ったげる!」

 

 八月**日は、初めての、 うん、回転ずし記念日!!

と 相成った。笑

 

 連れて行かれたのは、想像していたようなカウンターの前に

並んで座る、というんではなくて、ふつうのテーブルと椅子の

座席になってて、チビっ子混じりのファミリーとか、ワイワイ

騒ぎながら、横手に流れていくベルト?の寿し皿を取っていく形。

 

 ふう~ん、ナルホドねぇ、回転ずし業界も常に回転したり

流れたり、進んだり、 進化を辿っているわけですな。

 

 肝心のお味、のほうは??

 注文の仕方もめんどくさいし、不慣れなせいかスムーズに

いかなくて、食べた気がしない・・・、しいて行きたい店じゃ

ないなぁ、わたしめのような進化ストップのおひとり様、には

不向きなようだ。

 

 

 

      パソコンが壊れた~!

 

 一大事なんである。

 

 休日には一年坊やが終日、我がパソコンを占有する。

 マリオとかドラえもんとか、何かしら、自分で動かして

見ている、 ・・・夕方前から、マウスを動かしているのに

気がついて、あれ?へんだな・・・とは思った。

 

 ノートパソコンなので、もっぱら、フラットポイント、

わたしはパット専科、パット歴はふたケタにもなる・・・、

そのばーばが最初に教えたのでチビもパットである、

 

 夜、チビはパソコンの途中で寝てしまい、わたしが閉じよう

として、パットが動かなくなっていることに気がついた。

その夜は  半沢直樹ドラマ・最終回を見てる最中で、

とりあえずマウスでシャットダウンして仕舞った。

 翌日・・・、

 

   ***パソコン無事続けられれば 次回につづく

 

 

 

 

  七月 ―― 夏蝶

 

 

ひまわりみたいに

明るい色彩をまとっていても

綻び 破れた うすい羽根は

炎昼の光に

貫かれて

ひら ひら   ひら

舞い落ちることもある

 


軽い 重い 

なんて量るのも むなしい

うすい 羽根のように

いのち が

きのう きょう 

飛んだり散ったり するのだから

 


お~い  ここにいるよ


バリア―越しに つぶやいても

届かないから

血を滲ませて

   落下していくしかないのか

 


意識のそとで 知らず

甲羅のバリアー 張り巡らせているのは

きみなのか

こちら側なのか

 


汗の滴を したたらせながら

青い空の白い雲の漂う 先に

向かっていってほしい のに

傷ついて傷ついて なお

叫んで ほしい のに

 



  たすけて  の  声

が だれかに とどきますように

 


花の少ない庭 草はらにむかって

生まれたての華やかな うすい羽根が

露のしずくをもとめて

飛んでくる    

    

   ひらひら ひらひら


それを みまもる だれか

 きっと いるから 

2013.02.01 林 住 期

 

***

最近 若い女の子たちが スイーツとか唐揚げとか 食べながら

あ  神~!! って言う   なんじゃ そりゃ・・!!

 

あまりの美味しさに 「神降臨!」したんだ という意味?だそうな

 

どんどん 表現は進化していて 

ギャル なんてのも もう 古い

何でも 欧風?ローマ字を使ったりする  

つらつら 考えるに この「つらつら」なんてのもカンペキ 死語!

若い子から  ナンデスカ  そのつらら? つらつら? って?!

と 言われそう

 

「神降臨」って われわれ世代が 何か不思議なことや

神秘な体験した時

「天の配剤」 だわ・・・って言うのと

似ている?  似ていない?

 

 

  詩 *  

 

林 住 期

 

ゆるやかに長く吐ききってしまえば

ことさら構えなくても

空気は身に入ってくる

しぜんなリズムで

無理のない歩幅で

じぶんのやりかたで

 

迷いつつ あれもこれも捨ててきた

置き去りにしたものもいくつか

猶予せまられ放りだしたこともある

それらのわりには

掬えたものは僅かだ

吐く長さからみれば

吸うのはほんの余剰のような

 

街路樹が少しづつ染まり

落葉も増えてきた

黄昏の季節は

いつともなく しかし

急に近づいてくる

ふと振り返れば

ゆれる芒の穂だ

 

染まりだした木々は空の碧さに似合う

安堵のいろにも見えるのは

透きとおる空気のせいか

朝には

まっさらな一日に戻して

踵から つま先へ

吐ききりながら

先へ

 

 

***先般 個人詩誌を送った方から その中の「林住期」という

詩のタイトル  造語ですか・・・というご返信を頂いたりした

 

 造語ではなく 

古代インドの思想で 人生を四つの住期に分ける

それを自然の四季に分けるなら

 

春  勉学や修行に励むーー学生期(がくしょうき)   

夏  職業に就き家庭を営むーー家住期(かじゅうき)

秋  務めを果たし自然に向き直って自分自身の人生をみつめる

ーー林住期(りんじゅうき)

冬  老いて家を捨て巡礼しながら死場所を求める放浪と祈りの余生

―ー遊行期(ゆぎょうき)                  

 




  
 

日だまりのような物語がひとつ出来た

(はずだった)

その原稿がどこにも見あたらない

内容もよく思い出せない

ごごの うたたねの ゆめだったろうか

   午後のふゆ

日あたりのよい縁側のような小部屋で

父の揺り椅子にもたれて

いろいろな「物語り」を読んだ

「サーカス」や「逝く昼の歌」など読んだ

 

父の痩せた背には

沈黙の草叢がぼうぼうとし

ときおり

不文律に揺れていた椅子も

やがて なくなった

あやういサーカスも歌も ごごの雲とともに

うっすら 遠ざかっていくようだった

 

   略    

 

父の背の影も ほんとうに

あったのだかどうだか

じぶんさえ 此処にたしかに

いるのだかどうだか

もう一作 自分でも比較的 好きな詩

 

   みぞれ

 

しずかな そのしずむような むら

ひるも よるも

そらも じめんも

あさも

いちめん 濡らし 濡らしつづけて

つめたい こおるまえの

氷滴が 落ちて 溶けて

むらじゅうが じんじん

しずんでいる

 

そこかしこから わずかに

いろどりが にじんで

そこに ひとが いきて

暮らしているのだ と

じんじん 垂れて落ちて溶けて

濡れて

 

ここへ なにをしにきた

なにをするために きた

 

どこからきて どこへいく

そのまえに

なにをしに うまれてきた

 

ひがな つめたい こおるまえの

氷滴は うまれては 落ちてきて

きえていく

かたちのみえない しずんだ

むらじゅう

濡らし 濡らしつづけて

 

うまれては きえていく もの

そのなか わずかに にじんでいる

いろどり

陽のさす

春の まえの

 

個人詩誌バックナンバーより抜粋*

 

2013.01.08 冬枯れの山
   ★ 詩 ★

  冬枯れの山

遠い山々を あたためるような 
柔らかな陽ざし
ときおりつめたい風が 
ぴしっ ぴしっ 空気を裂く
枯れ枝に鈴なりになって 
止まる まんまるな雀の群れ

この冬は あの人も 
あの人もいない
不安な耳や目を閉じてしまっても
季節はかわる 冬は来る
季はめぐって
水のあらし 地のあらし 
ひとの世のあらしが 吹き荒れる
 
雀たちは昨日を振りかえらず
明日も夢見ず 
ぱらっ ぱらっ 降るように
おりてきては 今日の瞬間の 
刻を啄んでいる

百日後 千日後に逝くひとも 
畠を耕し
いってらっしゃい おかえり
言葉を交わし 水を呑み干し 
季節を啄んで 

そうして 幾数年目の冬は来て
このくにの冬枯れの山の 
稜線のあたり

おだやかな日が
差して



  ***
手紙をくれた受刑者の連座した事件は、犯罪史上に残っている。

・・書簡や拙文の詩など、諸氏に読んでもらい、本人個人情報
開示も可・・ということではあるが、ブログで発表、となると、
事情も変わってくるかもしれない。

アメリカの獄中から短歌を詠む 郷隼人という歌人がいる。
終身刑のようだが、犯罪の概要は公表されてないようだ。
同じ終身刑でも、アメリカと日本の違いもあり、事件の概要を
公表すれば、必然、当人の名も知れる。

ブログで、どの程度明かしてよいのか・・・、
正直、判断しかねる。
当人に確認しないといけない・・とも思う。

“塀の中”へ、なかなか返信を書き出せないでいるのだが、
ここにきて、いよいよ、重い腰・・いや、重いペンを持って
いざ! 書かなくては・・・


  つづきはまた いずれ