車山山頂では

周り ぐるり 展望がきく。

生憎の天候で はっきり 確認は出来ないけど、



中央アルプス、 南 北 アルプス、浅間連山、八ヶ岳連峰、

好天なら 遠く 富士山も見えるらしい。



山好きな方なら 垂涎の景観でありましょう。。。


  いや~~、 素人でも感動モノです。






   リフトを降りた時点で


バスの添乗員さんが 立ってて、

山の際に立ち、


  ハイ、こちらからです~~、

と 案内してくださっていた、(・・・と思う)


  人々は 三々五々、あっちとこっちへ、
二手の方向へ 向いて進んで行ってる、


  あれっ、 あっちは?  どう 違うんですか??

   こちらが 近い方なんです、、、



わたしは、 瞬時に 人の多い方向へ向きを変えた。


多分、距離の長い方です、


  


   渡されたハイキングマップ
     には 黄色のマジックで、

線が引かれている。  

比較的 真っ直ぐに近い線です、



  
最初は 人々の 群れの流れに沿って、ついてゆく。



 街では  建物やお店を目印に走ってます、

山ん中や 林や森なんかでは 樹木や葉っぱが
そよいでるばかりで、 たまの標識以外、なんの目印
もありゃしないし・・、




  ほんとは ほぼ真っ直ぐ

行くところを 回り道したみたいです、


車山肩 に ついて、

ヒュッテ、などがあって、人も増えている、、、

 **ビーナスラインの途中で、駐車場もあるようです

 

  


そこから どこをどうやって進んだのか不明なり。



  写真だけが 手掛かりです 笑 


 


 DSCF6647.jpg 2DSCF6648   

 2DSCF6650 6659後編ゴロ大石が




    2DSCF6655


  4DSCF6657 





  DSCF665417サ




   DSCF6658物見岩

   DSCF6660霧ヶ峰




   DSCF666115サ


   DSCF666215サ


   DSCF6668編


 DSCF6669編 DSCF6670岩
  
    
  マップで覚えた 蝶々、、ふかやま?、でなくて みやま。


   DSCF667112サ 物見岩に到着


  DSCF6672物見岩





    DSCF6673七島八島


  いよいよ 湿原に入る?、、


  悪路も極まれり、 

  デジカメ撮る余裕もなくなってゆく、、、



  山道を歩いていて、、

ふと気付くと、後ろも前も だーーれもいなくなる
・・・ってこと、体験する。 


笹竹や草っ原のなかで  ただ ひとり。


宇宙に 取り残されてる、・・・という感慨。 
    

しばらく行くと 見通しのきく途に出て、 

はるか 前方に カラフルな帽子やヤッケのグループが、

一列に並んで 進んで行くのが見えたりする。

 あるいは うしろの方から 群れが追い着いてきたり・・、


そして また  だ~~~れも いなくなる。




  湿原に入ったせいか


瓦礫や大石小石は無論、ぬかるみ、 泥んこ、

急峻な下りで ともすれば 滑って転びそうになる、


こんな山ん中で、 ひとり 転んで骨でも折って、

動けなくなったら エラいことになる、


前後の人たちにもツアーバスにも迷惑にならないように、、

こんな時は ひとり参加は 危うい。
心細くもある。 


細心の注意をしながら 集中して泥濘を進んでゆく。



  

  やっと 前の集団に

追い着くも、 小雨が降ってきたり、暑くて、

ヤッケを脱いだり 着たり、、、


お茶を飲んだりしてると すぐ置いていかれ、見えなく
なるのだ、




この道で  ビジターセンターの発着バスに
帰り着けるのか 

それすらも 不安である。




 この道で いいんであろうか?? 


やっとまた 追い着いたグループの方たちに
たずねる、



周囲の方たち、大手の観光(社)のバッジを
付けているのだが、

見れば  色が違う、 黄色や緑、

わたしのは 赤である。


  あのぉ~、すいません、 クラブ***参加の
  方ですね?

    はい、そうです


  下のバス乗り場まで この道でいいんでしょうか?

    大丈夫、行けますよ

  みなさん、東海方面からのグループですよね?
  
    いえ  新宿です


  エ”ッ、!! 
   


バス乗り場は 同じとしても 集合時間が違う・・
のではないか?

わたしは3時15分 集合である。


さっき、お茶を飲んだとき、時計を見て以来、
かなり 歩いている、

そして更に 先はまだ 続きそうなのである。


時計なんて 見てたら、 また置いていかれる。。。


 


  霧ヶ峰あたり


・・・で モヤモヤ・・・、霧が湧いてきた。

 
  あぁ、 だから  霧ヶ峰っていうんですね、、、

そんな軽口きく余裕も出てきて、すぐ後ろのシニア男性
を見たら、 まったく 笑いもしない、

とても疲れた顔で ヨロヨロ・・の様子だ。

グループ内で遅れまじ・・・、付いて歩くのも
場合によっては シンドイ、ことかもしれない。





   3時10分

ギリギリ、 間に合った。  ふうぅ~~、


示されたマップから寄り道したのと、 
デジカメ撮ったりしてるので、かなり 時間取って
しまった、  セーフです!


  泥んこの足、 泥んこクツ、 m(_ _)m 


キツくて、大変な行程だったけど 無事歩き通して
ヤレヤレ、  


 楽しかったあ~~! というか、満足感というか。。。





 ***この旅での 記録  
 
 *歩数 29018歩
  距離 17・0㌔ 
  消費カロリー 593k
  脂肪燃焼量  42㌘

  有酸素歩数 21769歩
  々 歩行時間 3時間11分




   **追記

 次女んちの坊やが また発熱らしい、、

 明日 世話をしたら  PCに向かえないので

 急ぎ気味に 続けました、なので 後日、推敲なり
 手直しするかもしれず、  ご了承ください。
 

   立秋7日
   
台風も近付いているという日、

大気も身体も万全とはいえない状況での

バス旅。



  山、また山 山 山、 山、

山河の国 ニッポン、 見はるかす緑を目に
信濃路へ。。。




以前から 行きたかった念願の 車山高原、

バス旅 ひとり参加です。

  

信州はまだ 台風の影響はないようで、

曇ったり晴れたり、




  リフトで山頂へ

車山でバスを降りたら、リフト券を渡され 


すぐ、フリーハイキング・自由行動です。



 リフトに乗り、もう一回 乗り継ぎ、

  8/7 1DSCF6613

    2DSCF6615.jpg   
 
 

  リフト 乗換えです


   DSCF6617.jpg 4DSCF6618.jpg
   
   この辺りから涼しく、いや 寒く?なって ヤッケを着る

  

    山頂    広がるパノラマに目を奪われる

   5DSCF6619.jpg


   6DSCF6620.jpg



  
  車山気象レーダー
7DSCF6621.jpg 8DSCF6622.jpg



   9DSCF6623下方 湖が見える 

    白樺湖 



   11DSCF6625

   12DSCF6626 



   13DSCF6629.jpg DSCF6630.jpg 


   15DSCF6631.jpg   DSCF6632.jpg


   

  この辺りまでは ルンルン気分、 さてこのアトが。。。


   DSCF6634.jpg

  
  DSCF6636.jpg 18DSCF6637.jpg


  渡されたハイキングマップを参考に 自力でハイクです。

   一応 二時間半ほど掛かる?といわれた行程を歩き、

   バスの待つビジターセンターまで戻らねばならぬ。。

   地図、読めません!  大丈夫かなぁ~。。m(_ _)m








   わお~~!  これぞ ビーナスライン 美しい!!


  DSCF6639.jpg


  DSCF6640.jpg   

  

  DSCF6642.jpg DSCF6643.jpg DSCF6645.jpg



   まだルンルン気分、写真 パチリ、パチリ・・・、 

   でも ほんとにほんとに この辺りまで?!




   i石道1DSCF6646 道は悪路?

   石ころ がれきの道のりがつづく

  見た目は なだらかな高原の道、・・と思ってたのにねぇ~

  結構 歩きづらい、、でも まだ これ、マシなほうだったんです





  ***今回の旅、これまで以上に たくさん写真を撮った、
あまりに多く、見る方は ただ退屈? なだけでしょうし、
厳選?! しなければなりません、 

 ここで  いったん 区切ります・苦笑


  まだ 続きます

 地図の読めない ババチャン、
 ひとりきり で 歩き、 はてに迷い はぐれ?!、 

 悪道に 悪戦苦闘がつづきます。。。
 
 はたして、、、

 

 次回へ

2017.07.31 青のメルヘン
   例年 夏休みは、

チビたち・預かり婆・・・となるところ、 今夏は
ママが 休職、求職中、で  ハローワークへ
通いながら 家事とチビたちの世話に明け暮れている。

長女は大変だろうが、ババのわたしは 楽をさせて
もらっている・・・、 と いいながら、 そのうち 
ママ ダウン、で こちらへやって来るでしょう。。。


   

   今のうちに・・と、

ムリしない範囲で  ”片付け” に掛かっている。

溜まった下書きなど 紙類、 むかし 描いたスケッチ、
など、   

多く 旅をしてきて、 メモ類は一切残っておらず、
スケッチだけ 僅かに残っているのだが、


絵葉書に描いたものは 年数が経ち、 汚れ、 
ボロボロになりつつある、


残してもしようがない・・・と思いつつ 最近 とみに 
記憶が薄れてきており、 わずかな思い出も消えて
しまいそうで・・・、


スケッチを デジカメに 撮ってみた。


  
  若描き?! です


     下北DSCF6584 下北

  
           
  能登DSCF6585  12サ和倉DSCF6582
   能登         和倉


    日御碕DSCF6583 日御碕


  
  やはり 海、岬が多いです





  他に  こんなのも出てきた、、



       詩 画

      青のメルヘン

   スケッチ青のメルヘンDSCF6588

   
  これは 俳句など書くような厚紙?→なんていうのか
  失念、、、             ↓
                   色紙です


  薄くなってしまったけど、ぜんたい 水色に塗ってある



  青がすきなんです
 
  
      かまちくん みたいな 激しい鮮烈な青じゃなくて、

  閑かな  静謐な  ブルー。


   昨日21日 夏至

この地は風雨で 大荒れ、

川の浮洲は 沈んでしまった、、、





  その前日20日 


翌日が雨の予想で、


 今 しかない、、、

意を決し・・笑  川床探訪?に向かった。


折々、土手側から見える浮洲に 人の姿を見、、、



リュックを背負った若い男性?だったり、女性の
二人連れや、中学生くらいの男児数人だったり、



先の日曜には 親子連れだったり・・、


・・・を 見るたび、近くに住むわたしが 

降りたことが ない・・・なんて、、、




その前に ウォーキングついでに 川の下へ降りられる
箇所を1㌔ほど 捜したが、降りられても 途中で川の
流れに阻まれて 上流までは歩けそうにない、





そこで ハタ、と 気が付いた箇所、 


竹藪を縫って、細い道を川に下っていく道、

が、唯一 ある。


下りていくと 石ころだらけの砂場が少しあって、
ひところは 若い人たちが集まって、バーベキュー
などしていた、


かなり以前になるが、小五の孫が乳児のころ
そこを下りて川水のほとりで遊ばせたりした、


一歳過ぎたころの子は ヒタヒタ、水がたゆたう
砂場が いたく気にいったようで、水辺ににペタン、
と座って、飽きもせず、小さな石ころを 水に

ポチャン、ポチャン、投げた、


夏場とて、乳児はオムツして水に浸かってるので
コトなきを得たが、


子守りのわたしは 足元やお尻をヤブ蚊に
刺されまくって、皮膚炎をおこし、治るまで
数ヶ月を要した、





もっと以前、 引っ越して知人もないころ、

二歳の長女を連れて 川に下りて、娘は岩場に
登って、石コロを ポチャン、ポチャン、、、


ご近所の男性が釣りをされていて、

 なにが釣れますか

 ハゼです


網の底で跳ねてるちいさな魚を見せてくださった、






  そんな場処である


  川石12サDSCF6363
 
  むかしは 石ころまじりだが砂場が もっと広く 
  入り口の竹ヤブの繁りも今ほどでなく 下りやすかった
  ・・と思う。


  川石DSCF6370




  それに そこから 川浜?づたいに 上流に向かって
  歩く・・・なんてこともなかった、

  上流への道DSCF6371


  上流に向かってDSCF6365


   対岸

   対岸13サDSCF6361


    急流1DSCF6367 急流です





  展望17サDSCF6372 


  更に向こうへ行くには ゴロゴロ石を伝っていくか、 

  灌木、草茫茫、を 掻き分け掻き分け、、、

  かなり キツい行程です 子連れでなんか 大変!!
 
  ただ 見てるのと 実行するのとで 大違い、




何度も何度も 行き惑い、尖った石に躓いて転びそうに
なったり 藪に阻まれたり 難航した・・・笑



  こんなとこ、、行きたい、、なんて、
  わたし、ナント 物好きな・・?! 酔狂なヘンジン?!





  やっと ナントカ 浮洲へ辿り着いた はぁ~~、

  17サDSCF6376
  

    12サ川下DSCF6357 



  
  浮島15サDSCF6359
  
  此処が 浮島であり浮き洲であり、、、






 
  ここから登れば近道なんですが 叢&垂直の擁壁です

   登れない2DSCF6383


   垂直の壁DSCF6384


   登れないDSCF6381 
 

  放浪癖のあった わたしめ、 むかしなら間違いなく

  登ってます、  けど 筋力も落ちた今は・・・、

  もし コンクリ掴み損ねて 落ちて叢に沈んで 

  動けなくなったら ダレにも気付かれない、、、 

  しばし 悩んだ末、来た道を戻ることにした 汗、汗、、ヒヤ汗、、


 




***
捨てられた犬のテン、(・・・と名付けて 上の土手から
見守る・・・しかなかった・・けど)



 パンをかざし、 おいで~~、戻っておいで~~ 
 
 こっちへ渡っておいで~~~!!


何度も 呼びかけたりしたが、 この 擁壁では 
痩せこけて小さな犬では 登れなかったろう。。。


推測であるが おそらく虐待され捨てられたテン、 

人に怯えて、逃げて逃げて、、、

水管サイフォンから渡ってきたんではなくて、



川辺の土手をさまよい、

細い竹藪を下り、わたしがこの日、歩いた、
灌木や草や、石ころまじりの道なき道を、すすみ、


浮洲に辿り着き、棲み着いたのであろう、、、

   12サDSCF6353

 発見当時は この浮洲には灌木が生い繁り、橋下の
 コンクリまでつづいていた、、、






   戻り口が・・、

再び、キツい道を戻り、、しかも、竹藪が繁るばかりの
土手側、戻り口が分からなくなって、かなり彷徨った。





  無事 戻りました

二度とは行きたくない・・けど ばばちゃん、


かっての放浪グセ 思い出しつつ 苦労したぶん

満足感も有り、、、であった。


しかし、 この日、夜、 捨て犬・テンへのの想いに

苛まれて 睡れない夜を過ごしたのでありました。。。




 **テンの関連 過去の記事は またの折りに。。

 長いブログ記事 いつもですが、、スミマセン!


 
いろいろあって記事が
      遅れております

 ** リンク(過去記事を挿入) 上手く出来ず 
前後ぐしゃぐしゃな更新になってしまってます??  
ご容赦ください





  地元新聞・夕刊

文化欄・コラムに 現在

「離れ小島のよもやま話」 写真家 加藤庸二氏
が 連載されている。


5月25日  36 の回に

「再び、礼文島」
    鰊番屋の宿


 宿・桃岩荘 のことが書いてあった。



桃岩荘 ・・・それはわたしが 若かりし頃の

放浪の旅で 泊まった宿である。

 その時の思い出の文が以下

   ***リンク貼り・挿入 不完全です
 以下の題名で 前記事に UPしました

 下の リンク貼り クイックすると 後の文が
 ちょん切れて 見られません。。 下のリンクは 
 飛ばし・スルー無視して 下に 読み進めてください 
 すいません。
。。
 
   ↓   ↓
   北の大地 放浪編②


** リンク 成功かどうか??・・自信ありません。。。
 最初のほうは 余計な文・・で 下にスクロールして

  礼文 が出てきます ***



***上手く出来ない?? 

月別アーカイブ  2016・10・9 にある記事です
        2017.5.26に移行
 
 
  ・・・と いう思い出の宿なんです

 その時から スタッフ総出で 船を見送り、 歌いながら
見送る・・・という 習慣??が 続いてるんであろうか、



 わたしが 見送られて デッキから手を振ったの、
・・・少なくとも 40数年前の ことです。。。



***その頃 桃岩荘には  
旅の途上で 礼文の島に居着いて、そのまま
スタッフとして 働いている・・・というような
若い青年たちも居た、 



わたしが乗った時の船には、
親の訃報の知らせを受けて、帰る、という そんな
ひとりの若者も乗船したのだった。  





  **コメント欄 戻しました、 ・・が、
ブログヌシによる 深慮・・コメントは個人×個人の
往来?という考え?により、一定の期間を経、消去
させて頂くこと 何とぞ ご承知ねがいます



  礼文島 桃岩荘
     前回のつづきです

新聞連載 「離れ小島のよもやま話」
   写真家 加藤庸二氏の  ”再び、礼文島”

の話しから~


 ・・・思い切って今まで敬遠してきた宿にした、
 
 それはとても   不安で、かつ決心が必要だった
 ・・・。

 ・・・二の足踏むような宿にしたわけは?

 
前年 港で目にした船出の光景、 


桟橋を離れていくフェリーに向かって、桃岩荘の
客やスタッフ、若い男女、中年もお年寄りも、 
十五、六人が、大声がなりたてて 歌ったり踊ったり
して、一足先に帰る客を見送る・・・、

乗船客がそれを見ようと 甲板を埋め尽くして
押すな押すなの状態、

・・・という港名物になっているらしい、



   写真家 加藤氏は 

 ・・・なんとしてもこの桃岩荘に泊まらねば
礼文島は語れない、そう思うようになり、
しかし、かなりの覚悟を要した、

 ・・・恥ずかしい、人前で大声出して片足上げて
踊ったりも出来ぬ、、、否 それでも1度は泊まって
体験しないと生涯悔いが残りそうだ、悩んだあげく、
心の葛藤を封じ込めて、桃岩荘の玄関を開けた、

・・・のだそうだ。


そして 宿で食後 いっしょに歌いだし、楽しく
なって、その後、 たがが外れた酒だる・・・の
ようになって次々に歌いまくった・・・

という。




   鰊番屋の宿

・・・と 連載で知って、 

数十年も昔に 泊まった記憶が蘇ってきた、

宿は たしかに年代物のがっしりした造りで
ぜんたいに薄暗く、結構 広かった。


夜、  宿でうろうろ。。。していたわたしは、
突然 全灯りが消えて、うろたえた。

真っ暗、  暗黒の闇である、

たしか  消灯は 9時だったと思う、


うかつに 部屋を出てて、さぁ、一歩も歩けない、


・・・その後、どうやって部屋に戻れたか、
しっかり思い出せない、、、笑



 放浪の旅中、 この暗黒 真っ暗闇を、
 大沼公園 駅でも  体験している。
 *北海道 放浪編③ で書いてます
    カテゴリー 旅・放浪・・に移行しました
   



   その頃は

客も若い人に限られていた? と思う、

いくらか 寂(さび)れた 旅の宿。

何しろ 海以外に なにもない、

店らしい店も 見当たらなかった、


 
  船が出る時、
    女子学生が歌ってくれた、


  ~~♪ 泣か~ないで 泣か~ないで~♫
  ま~た   会~う  その日~~まで♪ ♪
  さ~よ~な~~ら~~♫ ♪  

うろ覚えの歌詞と旋律が 懐かしく思い出されて
くる。 


歌いながら見送るその習慣が 今も 

多少 形を替えながらも つづいている??!!
 

   

   若いころの放浪の旅、

ひとりでも まったく寂しくなかった、

不安もなかった、

帰りたくなくて 
いつまでも 旅をつづけていたかった・・・、

 
  ひとりで選択し
  ひとりで決行し
  ひとりで終決する

 ひとり放浪の旅をしてこそ、得た わたしの人生訓?!


 
 すっかり 老いてしまって  よれよれ・・・に
 なってしまったけど  
  その 人生訓  いまも生かせてるかなぁ~~??

   
    放浪編②

長めの旅に出る時は、 
ユースの会員になって行ったので、宿は
ユース、国民宿舎、他に民宿も。

ユースでは、おおむねセルフになっている、
食事もじぶんでご飯をよそって、片付け、洗って
戻す、


まだバックパッカーという語もない時代、
ユースには 若い人や学生たちが多くいた、
 

キビキビ準備や片付けをこなしていく男子も
いて、見ていて気持がよかった、


一方で、あるユースで見た学生らしいペア、
女子だけがかいがいしく準備や世話をし、男子の
ほうは一切何もせず椅子にのけぞっている・・・、


男子は回りに、 やぁ、おはよう! と愛想よく
声掛けもし、まぁ、二枚目、、、いかにもモテそうな
今風にいえば、イケメン男子である、



それにしても よく尽くす女子だこと、、、

感心したのだけど、



また 別のユースで その男子、かいがいしく世話
をされ、椅子にのけぞっている・・、見れば 前とは
違う女子である、


あれぇ~~、


ユースのある場処は 結構限られているので、
同じ人と どこかでまた同宿になることもある、


その後、前々回のかいがいしい女子を見掛けたので、
訊いてみると、”じぶんで動かない”男子とは
彼女でもなんでもない、その宿でたまたま出合った
だけ・・・、って笑っていた、  

はぁ~~、



どこに居ても、そのように都合のつく女子を見付けて、
そのように仕向けてしまう、、、という稀代な才能?を
持つ・・・男性がこの世に居るんだ・・・、


まだじゅうぶん若いその頃のわたしは 男子に世話に
なることの方が多かったので・・・そんなことを
思い知ったのも、 ”放浪の旅”でのことだった。



    礼文へ

島は広くはなく、顔を上げれば 海 海 海・・・、

そこのユースでも同世代の若いひとたちに混じって
過ごした。
たまたま旅の途中で、島に居着いてしまった男子も
居た。

時化て船が出ず、わたしもしばらく 島に逗留し、
詩を書いたり、スケッチをしたりした。


島から船が出るときは、スタッフ総出で埠頭での見送り、、

女子大生が、
透き通るような美しい声で、歌いながら見送ってくれた、
 

    さよ~な~ら~~

  ~♪ 泣か~ない~で  泣か~ない~で
  ~ま~た 逢~う  その日~まで
  ♬ さよ~~な~ら~ ♪♪ 


船の舳先で 手を振りながら・・・、

泣きそうだった。




   ひとり旅は順調に

進み、 北の地は はや冬に向かいつつあった。




   礼文の島で

   最果ての孤島トド島DSCF4451  最果て・トド島
               
     猫岩DSCF4459 猫岩
    
       礼文地蔵岩DSCF4452 地蔵岩
  
           礼文スコトン岬DSCF4456 スコトン岬



  
2016.10.28 旅の終わり④
  半袖の軽装で
      出発した旅

北の地では  はやくも冷たい風が吹き、
冬の兆しが出、
放浪のひとり旅は 終章をむかえていた。


函館・五稜郭に昇り、 闇と光りの百万ドルの夜景を
眺め、、、


**そのとき断念した釧路・倉庫群など・・はのちに行った

帰りたくなくて 北海道から去るときは  涙、涙、涙・・・

さよなら さよなら  おもいでの大地!



    帰ったあと 

すぐ 就職活動に入り、 12月ぎりぎり、
新しい職場  コンピューター社に入った。

忙しく立ち働く日々のなか、 どの位 経った頃だろう・・・、

東京の消印で、見覚えのない名の手紙が舞い込んできた、


開けてみると、 あの コタン村の ”鶴”の青年からだった。

青年との出合いも、住所を教えたことなども、すっかり
忘れていた・・・。


手紙には
 ・・あれから帰京したこと、
   ・・・略
 ついては そちらに行きます 会いたいです・・・

と いうような内容だった。


周章(あわ)てた。  

北海道での数々は 思い出として、、、
日々 忙殺されるなかでは  すでに 過去の出来事。


会う理由もない、  困った、、、

なんで 住所教えたんだろう・・・、 
疑問も後悔もすでにアトのマツリ、、、


   ・・・困惑・思案のすえ、

返事をした、

  ・・・略  すみません、  近く ケッコンすることに
  なりました   お会いできません・・・


 **鶴クン、  その節は  ウソの手紙を出して、
  ほんとに ゴメンナサイ!!


     ***
  北海道・放浪編  了

    ** 放浪 途上編

放浪中 積極的にではなかったが なにしろ広大な地で
交通網も少なく、やむを得ず、 ヒッチハイクもした。


トラックのオジサンも  バンの中年ご夫婦も いずれも
親切で、 事故にも事件にも遭わず、
ぎりぎり 野宿もせず・・・、


こまかな失敗・ドジはいくつかありました。 


旅メモを逸失してしまい、心の記憶だけが頼りに
書く放浪編だが、
思い出を 辿ってみると 実に様々な地を巡っている、



岬からはじまった旅は、知床 羅臼 納沙布 宗谷 
襟裳  利尻・・・、
ひたすら海を見て歩く旅。  



なかでも  積丹半島は印象深い、

海沿いに並ぶ家々、それは 重し代わり?の多数の石を
乗せたトタン葺きの、 小屋のような家が並び、 

綻び繕った色褪せたシャツが風にはためいていた・・・、


海辺の暮らしは  厳しい環境にある・・・ように
思えた、
でも 出合う子どもたちは 元気にハツラツと
走り回っていて、心和んだこと、、、

そんな素朴な風景・・・。



見渡すかぎり広大な湿地の沼も 歩いた、
オンネトーや阿寒湖、然別の湖なども見た。


真っ暗・漆黒の大沼公園駅で、途方に暮れた時は、
富山の薬営業?のバンのオジサンに助けてもらった。


   大沼駒ヶ岳 大沼駒ヶ岳
  

松尾鉱山跡にも寄った、
このとき、 疲れていたのか、座って待つうち、
ふと 周りを見ると、 だーれも居なくなっていて、、

後ろの線路に私鉄の電車が泊まったのに気付かず、
えんえんと ひとり 本数のまばらなJR線の電車を
待ったことも 失敗のうち。
 

     

   札幌にも・・

辺地ばかりを歩く旅中、 札幌にも寄った。

公園広場で 屋台の焼きとうもろこしも味わったし、
時計台も見学、 

この時、藻岩にも寄り  ジンギスカンも
味わった? ・・・ような記憶もあり。。。


     編集札幌


   そして アイヌの里へ

コタンの地で 地面に直接 アクセサリーとか何かを
並べている場処を 通ったとき、


売り場の向こうに座る青年に声をかけられた。

同年代の、 当時 ヒッピーと呼ばれていたような、、
今でいう バックパッカーの若者たち、
そんな手合いが その地で 暫時 居着いて暮らす、、、

そんなような若者、  長髪を うしろで束ねて、、、

売り場に座って、彼はスケッチ帳に、
ツル、 ”鶴” の 絵 ばかりを描いていた、

わたしもスケッチ帳を抱かえて 歩いていたので
声を掛けられたのかもしれない、、、

最初 一言二言会話を交わしたのは覚えているの
だが、それから、どういういきさつになったのか、、、

住所を交換?したらしい・・・、 


それまで ”一期一会” の旅 

住所をついぞ 訊いたり教えたりすることはなかった、

失礼ながら 好みのタイプでもなかった、

**蛇足だけど、わたしめは イケメンがタイプです
今でいうなら 佐藤健さん 岡田将生さん おディーン様・・
正統派のイケメン好み・・笑

なのに、なんで 住所交換することになったのか? 

今でも謎? ふしぎ??!!!

  旅空で出あったひとたち
     ~~北海道・放浪編①~~

女子ひとり放浪の旅をはじめてまもなく 
宿で出あった青年に言われた。


 きみは 詩や文を書いて、スケッチもして、
 ・・・なんで、カメラなんか 持ってんの??

(*小さなハーフカメラを持参していた・・)
そのせいかどうか、 わたしのこれまでの旅の
写真は極端に少ない、というか、殆ど 無い。 
旅先での宿や場処の印象など、メモしたはずだが、
それも処分したか、今は一切現存してない、


古スケッチ帳のみ かろうじて今も残されていて、 
それ以外 旅の思い出は心の中にあるのみ・・・、


くだんの青年の、名も住所も聞くことはなかったが、
顔は 数十年経ってもうっすら憶えている、



その後、 出あったひとたち、すべからく、
名も連絡先も聞いていない、  

旅の空では 一期一会。


   *

根室で船を下り岬から岬へ、終日 海を見ながら
歩きに歩いた。

納沙布 知床・・・当時は 「北方領土返還」
のビラがそこかしこに貼られ 風に揺れていた、
海の向こうに かすかに島影が見えた。


出あう海辺の人たちの日焼けした顔には深い皺が
刻まれ、厳しい海の暮らしぶりが窺えるようだった。


 ・・まぁ、そんな若い子が、ひとり旅、とは! 
 親御さんが心配するから 早くお帰り!!
 (髪をおさげにして童顔だったわたしは子ども!に見られた)
納沙布の岬で昆布採りをしていたオバサンに心配
かけたりもした。



  *

広い北の地では 鉄道のみ利用し、それ以外の
乗り物は乗った記憶がない、
ゴトゴトゴト、ゴットン・・・ただ線路を揺られて
行くか、リュックしょって ひがなテクテクテク
歩くか・・・、

疲れたら 休んで、、、  夕暮れには宿に入る。


老いた今、遍路の旅が出来なかったことを悔いたり
するのだけど、かって歩き通した旅、
今でいう まさに 「ロングトレイル」ではなかろうか、

遍路との違いは  寺参りが無い、だけだ。

無宗教のわたしには むしろ  若いころの放浪こそ 
理想の歩き旅ではなかったか・・・。 

 

  2DSCF4460

    摩周湖DSCF4454

      摩周湖DSCF4453


  

前回12・6記の 洋菓子&和菓子

 

 シュトーレンとかりんとう饅頭、また買ってきました!

 

20131207130053.jpg


 多めに買ってきたシュトーレンは娘たちにも好評。

甘い物苦手な三歳女児もいつのまにか手を出してきて一つ

平らげた・・・。

 

 来客への お も て な し  にもぴったし。

      上記の語 自分で使っといて言うのもなんだけど、

近頃、使い過ぎて馴れ過ぎて、この語の本来の“ゆかしさ”

が薄れてきてる・・・ような?!

 

 

 

    

     トレイルトレッキング(長い散歩)

 

 十一月中旬~頃 NHK放映   趣味・歩く旅

   熊野古道 那智から本宮へ

 

というのをビデオで撮っておいて後日に見た。

 

数年前に長女と二人で歩いて来たところなので随所、思い

出され懐かしかった。苔むした石畳みの段を喘ぎながら登り、

茶屋では座り込んで汗を拭いた・・・。

  

 交通手段と宿だけ手配してもらい、古道に関しては、ろくに

下調べもせず、地図も持たず・・・、よくまぁ、行ったもんだ

・・・、と今にして思う。

 

 熊野古道は“長い散歩”のレベルではない、かなりキツく

しんどい行程である。 

わたしたち母娘は最後に那智に着いて、豪快・神秘な
(震災以前の)滝を眺めているので、今回放映の古道の
コース
とは逆であったようだ。

 

テレビでは、宍戸開さんと皆藤愛子さんのお二人が案内人

であるシェルパ斎藤さんに先導されて歩きつづけテント泊り、

という本格的コース。

 

 前半と後半、斎藤さんの名を聞いても別段特に何も感じず

見ていたのだが、最後に宍戸さんが、シェルパ斎藤さんに

質問して、斎藤さんが答えた、 

 ―以前、犬と一緒に歩いていた、

―犬の名前はニホ、・・・

 


  ・・・えっ!  ニホ?!

一歩  ニホ  三歩 の ニホちゃんだぁ~!?

 

 思い出した! “歩く旅”案内人を務めた斎藤さん、

斎藤政喜氏・往年のバックパッカーであり、紀行作家であり、

「犬連れバックパッカー」など著書も多数書いておられる。

 テレビでも最初にその説明はあったかもしれない。

なにしろわたしは半分ぼぉ~、と見ているので・・・、

最後まで気が付かずにいた。

 

 

 「シェルパ斎藤と愛犬ニホの行きあたりばっ旅」小学館

以下 抜粋する。

 

 -それにしても不憫な犬だ。生まれてからまだ一度も人から

愛されたことがなく虐待されていたなんて・・・。

 これからは自由にのびのびと育ててあげる。そして愛される

ということがどんなことなのか、ぼくが教えてやろう。

 

 -いつもひとり旅だとぼくのアンテナには周囲の雑言な情報

が飛びこんでくるのに、今のぼくはニホを中心に風景が展開

していた。ニホがいれば周囲の環境なんてどうでもいい。

ニホの姿、仕種を眺めているだけで、ぼくの心は満足していた。

 

 -ベビーカーに乗ったニホは、腰を丸めて寛ぎ、前足を

ベビーカーの枠に載せて周囲の景色を眺めていた。ぼくが下を

向くと、ニホも顔をあげてお互いの目が合う。これだけのこと

でも、なんだか幸せな気持ちになれる。

 

 

  ***ニホちゃんは、斎藤さんみたいな優しいひとに

引き取られ、あちこち旅のお供をして・・・、

以後はじゅうぶんハッピー!だったと思う。

 

 ニホちゃんとの旅の記を思い出しながら、テレビ画面の

斎藤シェルパを眺めると、・・・なるほど、優しさが皺ととも

に滲んだお顔に見えた。

 

 

      

     

          不滅の哲学

 

 もう一人の書きたかった作家は、池田晶子氏。     

最近の新聞紹介の項で、 -四十六歳の若さで没した哲学者。

とあって驚いた。

 亡くなられたことを知らずにいた。

 

 

 

「死と生きる 獄中哲学対話」 池田晶子 陸田真志

 

 陸田は大学中退、フリーター、度米、風俗店、という経歴の末、

最後は人を殺める事件を起こし、極刑の判決を受ける。

 

 

 以下、池田晶子氏の文を抜粋

 

 -その彼が判決を前にして、私に「お礼」が言いたいという。

逮捕され、拘禁されて、初めて罪の重さに気がついた。罪の重さ

に苦しみ、罰の重さに怯え、悩みに悩んでいたとき、私の著書に

出会った。

―現代ふうにアレンジして書いたかの死刑囚ソクラテス

の対話篇「さよならソクラテス」である。彼はそこに書かれて

ある言葉を読み、「何かがわかった」。

 続けて、原典「ソクラテスの弁明」を読み、「はっきりとわかった」。

 

 「ただ生きることではなく、善く生きることなのだ」

 だから判決が死刑であっても控訴せず、このまま善く生きること

で死んでゆけると書いてある。

 これに対し、私は異を唱えたのである。もしも本当に善く生きる

気があるのであれば、自分が知り得た真理と幸福を、他人に知らし

めるべきではないだろうか。したがって、「控訴せよ」。

 

 

***こうして行きがかりとはいえ、易しくはない池田氏の

罪と罰・往復書簡はつづけられたのである。

 

 そして哲学家・池田氏は 

―人を殺しておいて、そのうえ、かっこよく死んでやろうー

という陸田にたいして、 甘えるな。  と一喝されてもいる。

 

 小気味よく、“しなやかな感性や細やかな感情”をもった作家

でもあったのだ。

 

       ***新聞紹介記事 

「池田明子不滅の哲学」若松英輔著 トランスビュー

 

 

  ***なぜか、熊野古道を歩いたときの旅の記録メモをして

いない。が、帰ったあと書いた詩の作品がかろうじて紙上に

残っている。

次回に その作品を。

 


   

八ヶ岳・美し森から

 

 今季、初冠雪になった日、山梨は美し森途上で富士山を

眺めた。

20131019美し森

 

 八ヶ岳高原ライン・バスツアーの朝、出発時は雨で、最初の

休憩エリアまでは降られたが、次第に晴れてきて、周りの山々や

田園風景が映えて見えるようになった。

 

 

 旅に出て、バスや電車に揺られしばらく過ぎると、じき山や林や

田園の風景になる。 

いつもながら、“ニッポン国って、山河のくに・・・”だと実感する。

山々に囲まれた山あいには集落が広がり、それぞれの村の暮らし

が営まれている。そんな山のどこかで台風や豪雨により、地崩れが起き、

川水が溢れ、集落の惨害が生じたりする。

 自然は美しい・・・。  けど・・・。

 

高速をひた走るバスの窓から不謹慎ながら、そんなことを

しみじみ思いながら、いいようのない切なくつらい感慨も湧く。

 

 

 

バス旅の“目玉”は、清里のホテルでの昼食バイキング!

 

少食のわたしめは、ほんとはバイキングは好みではない。

 

いつも歩きツアー専科なのに、何でこの旅?になったのか。。。、

少し前の“乗鞍スカイライン・新穂高ロープウェイ”の山岳紅葉散策

に申込んで費用も振込み、旅行案内パンフも届き、その日を待つばかり

になっていた直前に、地域集合場所発の人員が集まらなかったとかで、

中止!! となったのだった。そんなぁ~、あり? (怒) 

 

 

 日程の都合もあって乗鞍はあきらめ、八ヶ岳行きとなったのである。

乗鞍は若いころ(当たり前だけどそんな時期もありました)夏スキーで

滑っている。八ヶ岳も数年前に長女と行っている。

最近はツアーを利用しているが、以前は長女の友人の旅コンダクター

にざっくり組んでもらい、泊まりで電車での自由な旅をしていた。

北海道、熊野古道、伊豆修善寺、軽井沢etc・・、たくさん旅をしてきた。

長女は目下、ワークウーマン兼子育てに奮闘中。

 

 今回は次女とのいつものバス旅に、(次女の)ムコさんが初・同行した。

 

 

      

        ツミですバイキング!

 

 バイキングは好きではないと言いながら、イザ!その場に

遭遇すると、お皿にあれもこれも、あっちもそっちも、と

満杯に盛ってゆくのは何ゆえか・・・、じぶんでも説明が

つきませぬ。

 

 採算上(モチロン食べる側のです)、割の合わぬ料理法への意地か、
はたまた単なるどケチ
というのか。

 

 

 一応わが身の胃袋への考慮はしていて、お皿にはどれも

ほんの糸ミミズ?ほど、いやぁ、正直に書けば親指ほどの量ずつ

しか乗せていない。それでも程なくするとすぐ胃袋容量を超えて

しまって、ギブアップ!  どんな糸にしても、約四十種のランチ

とあってはそれはムリでやんす。

 

 周りの客はすでにランチを了えていつの間にか居なくなってて、

目の前には、食べられないまま残してしまったお皿があるばかり。

 ―だから、言ったでしょ、取り方がよくないの!

いちどに乗せたりしないのっ!

横で、娘のあきれ顔、ややブベツ?顔。 

 

微妙なコッケイな母娘のやりとりを、笑って聞いてる優しいムコさん。

 

 

タビのミソラでまたもや、ドジでカッコわるいテツを踏み、

 ―ゴメンナサイ、残してしまって、おゆるしを!―

 スタッフさんに謝りながらお盆を返却してきた。

 

 

 

       美し森の散策ですって

 

 容量をはるかに超えたお腹で歩くのもしんどい。

バスに乗ってやれやれと思うも、数分もせず又降りるのだと。

 これから、徒歩で山を登っていくのだと。

 

 なによ~、このツアー、まだ食べたばかりでしょ、ザンコクな。

 

 結構、急な坂道をヨイショ、ヨイショ、

 登るごとに空が拡がり、遥か向こうに見えて来る山並み。


 あ 富士山!!   まわりの誰かの声があがる。
 
え 富士山?!   どこに? どれ?  あぁ~ ほんとだぁ!

奇麗!!   歓声があがる。

 

 昨日から朝にかけての雨に洗われて、山の空気は冴えわたり、

山の景観はこよなく素晴らしい。

 

その時はまだ 初冠雪のことは知らず、帰宅した日の夕刊の

一面に 

 

“世界遺産 初の雪化粧”の 文字

白いベールを被った富士の山の  美しい写真の掲載があった。

  

2013.09.13 遙か・旅路

    

        遙か・旅路

 

 

 

        大雪山丸

 

 竹芝桟橋から 2、3千トンだかの貨客船 “大雪山丸” 

に乗り、船底で積荷とともに二日半、  根室沖に着いた。

 

 そこからは岬から岬へ、来る日も来る日も海ばかり見ながら

過ごした。

 

 リュックに、着替えを数枚、小さな毛布シーツ、スケッチブック、

それに仕上がったばかりの詩集を一冊、しのばせた。

 

 

 切り立った崖から海をスケッチして、あのひとに送った。

  「さよなら」 と 書いた。

 

 会社も辞めた。

 

 まだじゅうぶんに若いわたしの、新たな出立の旅であった。

 

 

バックバッカー、という言葉もなかったころの放浪のひとり旅

である。

片道だけの切符を求めに行った先で、 

― 女の子ひとりで何日も北海道を旅するなんて、そんな、

無謀すぎます、やめてください・・・!

と、引き止められた、そんな時代でもあった。

 

 

 

    

    放浪の旅  

 

 広い広い原野を、長時間 汽車に揺られ ゴトゴト ゴ ト・・・ ゴトン、

線路を走りつづける 音、振動、あの感触はしっかり、身体に刻まれた。

 

 明日の行先は気の向くまま、広い道内では、予定も計画も役に立たない、

思い通りにいかないことも多い。

宿がみつからなかったり、電車に乗りはぐれ、ちいさな駅で半日以上、

待ったり。

 

納沙布の海辺で昆布採りをしていたおばさん、

「まぁ、そんな中学生!で一人で来て~、家で家族が心配してる

から早くお帰り!!」
 
 

 旅をしているあいだ、化粧っけもなく、髪は二つにおさげに
結わえていた。

 二十歳を少し越えた円顔の童顔をちょっと、オーバーに若く
見過ぎて、本気で心配してくれたのだ。


 納沙布の岬から、遠く、ソ連領の千島列島が見えた。

 

ユースの宿で一緒になった同年代の若者たちといっしょに、

深い森を越え、険しい山道や岩を上り下りして、

幻の湖といわれる オンネトー も見た。青く澄んだまぼろしの色

の水であった。


 
 摩周湖の、周辺の観光化には落胆したけれど、神秘さはじゅうぶん、

堪能した、人々が語るほど、それほど華やいだ印象もなく、摩周湖は

ただ、ひっそりとそこに在った。

 

 
 羊蹄山も見上げてきた。


 
 積丹の浜には、大小の石ころを乗せた赤茶けたトタン屋根に

低く傾いた軒の小さな小さな小屋が並んでいた。
 継ぎはぎだらけの
シャツや蒲団が海辺の砂利浜に、じかに
干してある。

 それでも、その辺の子らはバスが通るたび、無邪気に手を振る。

 積丹の素朴な岩と海と、カムイの佇まいを目に刻印した。

 

 

大沼公園で無人の駅に降りると、目の前はただただ、真っ暗、
一歩も進めない。

途方に暮れていると、富山の薬売りだという ライトバン(うしろに荷物を
積める仕様の車) が通り掛かり、
拾われて、宿まで無事に送り届けて
もらったりした。

 

 礼文の島で終日、シケて荒れる海を眺めて過ごした。
 どの海を
見ても飽きることはなかった。
 さびしくはなかった。

 

 島を去る日、女子学生が清らかな声で歌いながら舟を見送って

くれた。

   ♪さようなら また逢う日まで さようなら~~
  

    泣かないで 泣かないで さようなら~~♪

 

              

           冬の海で


旅の地で、季節は夏から秋、冬へと急ぎ移っていった。

漂泊の旅も終りに近付いていた。

 

 

表現しきれない様々な体験があった。たくさんの出合いもあった。

 

 

“じぶんひとりで 選択し、 決行し、 終結する”・・・。

 

ひとにささえられながらも、その精神は 放浪のひとり旅で身に

ついたとおもう。 

以後の人生の原点にもなっている・・・とおもう。

 

 

 

冬の海の風に吹かれながら

 

 北海道の長旅に、なみだの別れを告げた。

 

                 了

 

 

2013.04.10 吉野山千本桜
    
     桜 散る

 
 
 川並の桜は大方終わり、 家の前の古大木の桜が今、しきりに
散っている。
 
 花びらが 家の周りやベランダに、雪のように降りしきる様は、
壮観でもある。
 窓を開けていると部屋のなかにも花びらが降ってくる。

 山のしだれ桜はまだ開花中で、駅から山へつづく橋上の花見客の
群れは つづいている。

 桜の多い町である
 
 


 花咲く里は 花降る里でもある 




    
 

   吉野山千本桜ハイキング

 
 
 母娘でバス旅に出かけてきた。



 昨年は ”高遠の桜” をバス旅で見に行った。
四月の半ばだったが、桜はまったく咲いておらず、全体、枯れ木だった。

 寒くておまけに雨のしのつく空模様で、傘をさしつつ、上を見上げるのも
ままならない、
 桜は蕾ですらなく、たまに一本の枝の先っぽに蕾がぽっ! と見えていると、
ひとが群がって、デジカメで撮っている・・・という風景だった。 笑





 今年、吉野山の ”さくらだより”予報では、咲きはじめ、というのを
確認して、

 よし、リベンジ!!

 と、張り切っていたものの、当日はなんと、  ”暴風雨警報”
行きのバスでは、何とかもちこたえたが、着いた頃には、雨脚が
ポツ ポツ・・・、

 あぁ~、 ダレ??   雨女!!


 

 

 娘の持ってきたお茶のボトルを見て、

私:   ア     イ ウ エ    モン・・・!

娘:   爆笑
     違うよ、  伊右衛門 イエモン   だよ!  

私:   へっ!   そうなの?    知らなかったぁ・・!
     ボトルのお茶なんて  買ったことないもん

 お茶はじぶんで淹れる、 
お茶を買う、という発想がないんである。
 
 

 
 吉野ハイキング・スタートは如意輪寺・駐車場から、
五郎兵衛茶屋に向かうはずだったが、いっかな、辿りつかない・・・、

 二人とも、 方向音痴・地図の読めない女の 典型である。

 

 昨年の秋の、 バス旅   ”明日香ウオーキング” でも、時間は
たっぷりあったはずが、  迷い、放浪?・・・の挙句、バスに乗り遅れそうになり、
最後は、    母娘二人 走った、走った!!


 
 
 吉野山の地図はあっても、実際にはあちこち、細かな分岐道があって、
その都度、迷い、 立ち往生、

 傘さして、吹き飛ばされそうになりながら、地図を見るのも至難である、
地図は途中から 濡れてぐっしょり、ぐしゃぐしゃ・・・。

 峠や山道の端の桜はもう はらはら散りかけている、
満開と同時に、この暴風雨で、散りはじめになってるんだろうか・・・、

 

 
 山側の桜は満開!

 見渡すかぎり 山々、 薄いピンクが霞になって拡がる、
 スケールがハンパではない!!
  


 以前、テレビの  ”ほこ たて”  とかいう番組で、高遠桜と吉野桜の
見所を競う、というのがあった。

 吉野のほうに、軍配が上がったのだったが、
背景、遠景が違うからして、比較する・・というのも なんだかなぁ~
である。
 
 



 山の桜・・という点で、 吉野はまさに、大自然の織りなす日本の美
である、 と思う。 
 
 雨に打たれ、風に吹かれ、して    なお
山桜の遠景に 言葉もなく  立ちくしたのであった。

 
 しかし、この山の旅は、疲れた!
道が分からず、迷ってロスも多く、雨のせいもあり、山道を滑りそうになったり、
歩き疲れ、登り疲れ、   
限界!!

 結局、水分神社のあたりで、時間があぶなくなった、 
 
 あと、金峰神社、奥千本に入りそして、西行庵に着く予定だった、
が、もうエネルギーがない、
 疲労がピークに達してるのか、二人とも顔がのぼせたような真っ赤、
まるで ”赤福” みたいな。笑

 
 これ以上は無理!  先へ登るのは断念、   ザンネン!
 
 詩を書くものにとって、  ”西行庵”は 目的地でもあった、
ホント、クヤシイ・・・、 ナミダをのんで、引き返してきた・・・。


 帰り道も長く、  観光用のお店がずらりずらりと並び、人もやたら
多く増えて、 傘も邪魔、
 
 吉野朝宮跡、蔵王堂も、もう、横目で・・・、 

 
 もし 時間が足りなくなって、バスに乗り遅れる…状況であっても
明日香の時のように、走る気力は 無かった、

 ゴールの吉野山観光 駐車場に辿り着けたのも、キセキ?
というくらいな。



  

 私は一度 行った処には また行きたい・・・ということはあまりないの
だけど 吉野山には 魅かれる。

 機会があったら、また リベンジしたい!
・・けど もう無理かな~