***

今も戸惑いつつ・・・である。

 

矢継ぎ早に届いてくる便せんにはびっしり、俳句や短歌、詩作品?

などが書かれている、

量的にすべて紹介しきれるものではない、

最近届いた内容からは、作品化を望んでいる気配も感じられる。

 

私は選者に程遠い “ただの人”だし、ド素人でもある。

 

忙しい時間をやりくりしながら、それらの作品を打ちこみながら

・・・わたし、なに やってるんだろう・・・ 

 

 

***

中日新聞・夕刊 歌人加藤英彦氏の、こんな記事を見つけた。

“痛覚呼び覚ます言葉の力 回復を”と題しての文中

文芸評論家の故菱川善夫氏は

「・・・殺された人間、あるいは殺される寸前の人間の恐怖の

心臓音を聞くことができずして、どうして表現者であり得よう」

というのだ・・・の くだり。

 

*この折りの的確な引用ではないのかもしれないのだが。

 

 

   *

 

・・・これら作品に

痛覚呼び覚ます言葉の力はこめられているんだろうか・・・

心臓音を聞いたものの表現者たりえているんだろうか・・・

 

 

 



***

話 まったく飛びます

 

青春真っ只中の時期 私は結構 トンでる少女だった

腹の立つ相手の頬っぺたを 張りとばしたこともある

 

高校の頃 仲のよかった同級生が 不良になりだし

ウソをつかれたり 裏切られたりして  

放課後の教室で 取っ組み合いのケンカをしたこともある

 

机や椅子が投げだされ 制服の片袖がちぎれ・・相手の子

はそのままの姿で 職員室へ向かっていった

その日 進路指導で担任に呼ばれていたのだ

 

翌日から数日 アスミは登校して来なかった

担任に呼び出されることを覚悟した

だが、タンク先生は何も言わなかった

眼鏡の奥の目で 私を見つめた・・だけだった   

 

アスミも私も 無事 卒業した

 

 

***アハッ!    かなりの 脱線話!! 

今はとっても 淑やかなる温順なる そして新聞の

残虐な犯罪事件の記事などには おもわず目を逸らして
しまうような
臆病なる一市民です~!!

 

アスミ どうしてるかな・・・ 

 修学旅行先の宿で消灯後 外から部屋へよじ登ったり
 ずいぶんなイタズラしあったね
 図書室でよく 進路のこと人生のこと いろんなこと 
 話し込んだり したよね 

2013.01.23 個人誌制作

 少しのあいだ ブログは小休止して

個人詩誌・冊子作りに集中していた

 

あとの発送なども 結構手間ひまがかかって

冊子作り、これは結局 自己確認の一つの過程なんだ・・・と

つまり 自己満足??  この表現 まことに好きでは

ないんだけど

 

日だまりのような物語がひとつ出来た

(はずだった)

その原稿がどこにも見あたらない

内容もよく思い出せない

ごごの うたたねの ゆめだったろうか

   午後のふゆ

日あたりのよい縁側のような小部屋で

父の揺り椅子にもたれて

いろいろな「物語り」を読んだ

「サーカス」や「逝く昼の歌」など読んだ

 

父の痩せた背には

沈黙の草叢がぼうぼうとし

ときおり

不文律に揺れていた椅子も

やがて なくなった

あやういサーカスも歌も ごごの雲とともに

うっすら 遠ざかっていくようだった

 

   略    

 

父の背の影も ほんとうに

あったのだかどうだか

じぶんさえ 此処にたしかに

いるのだかどうだか

もう一作 自分でも比較的 好きな詩

 

   みぞれ

 

しずかな そのしずむような むら

ひるも よるも

そらも じめんも

あさも

いちめん 濡らし 濡らしつづけて

つめたい こおるまえの

氷滴が 落ちて 溶けて

むらじゅうが じんじん

しずんでいる

 

そこかしこから わずかに

いろどりが にじんで

そこに ひとが いきて

暮らしているのだ と

じんじん 垂れて落ちて溶けて

濡れて

 

ここへ なにをしにきた

なにをするために きた

 

どこからきて どこへいく

そのまえに

なにをしに うまれてきた

 

ひがな つめたい こおるまえの

氷滴は うまれては 落ちてきて

きえていく

かたちのみえない しずんだ

むらじゅう

濡らし 濡らしつづけて

 

うまれては きえていく もの

そのなか わずかに にじんでいる

いろどり

陽のさす

春の まえの

 

個人詩誌バックナンバーより抜粋*

 

2013.01.11 しぐれけり

 書くことに関しては  短歌以外 詩やエッセイ 

それに 俳句なんぞもほんの少し かじっている・・

モチロン 自己流で 字余り字足らずの 破調な

句ばかりである

 

 

 そこで 私・作

  俳句 ★

 

ひとの世に落差のありて冬案山子

 

枯落葉ひとつひとつのいのち見ゆ

 

芒野をあゆめば風が追ふてくる

 

不器用に生きてしまって冬しぐれ

 

言の葉のごと舞ひゆけり風花よ

 

山頭火読みたれば空しぐれけり

 

なにも無くなにも無くても年の瀬かな

 

空漠を繕ふごとく日向ぼこ

 

 

まんじゅしゃげ彼岸への道かもしれず

 

 

 ***友人 知人たちには 

~あぁ 詩人の作る俳句ねぇ・・・~と言われている・笑 

 

 

 ***

ブログで見付けた 郷隼人さんの こんな短歌

 

一瞬に人を殺めし罪の手とうた詠むペンを持つ手はおなじ

 

 ・・・このうたを読んで しゅんかん 背中がひんやり

つめたくなる・・のを感じた

 

リアルすぎる

 

 

  ***

昨日10日に、ようやく “塀の中”への返信をしたためた。

書簡が届いてから、一か月経っている。

待ちくたびれて、あきらめている・・と思われる期間だ、

 

ブログで諸作品など、発表するにあたり、犯罪名に関しての

記述は伏せるか、あるいは 開示・可とするか、

当人の意志を尊重します・・・というようなことも書き添えた、

 

返事のご返事 ください

と 書いた。

 

・・・発表に関しては、あるいは、私や詩誌同人たちに 

ただ 読んでほしかった・・・だけかもしれない、

そうであれば、ブログには自分の作品を書き込んでいこう・・

  

返事を待つ。     

つづきはまた

 

2013.01.08 冬枯れの山
   ★ 詩 ★

  冬枯れの山

遠い山々を あたためるような 
柔らかな陽ざし
ときおりつめたい風が 
ぴしっ ぴしっ 空気を裂く
枯れ枝に鈴なりになって 
止まる まんまるな雀の群れ

この冬は あの人も 
あの人もいない
不安な耳や目を閉じてしまっても
季節はかわる 冬は来る
季はめぐって
水のあらし 地のあらし 
ひとの世のあらしが 吹き荒れる
 
雀たちは昨日を振りかえらず
明日も夢見ず 
ぱらっ ぱらっ 降るように
おりてきては 今日の瞬間の 
刻を啄んでいる

百日後 千日後に逝くひとも 
畠を耕し
いってらっしゃい おかえり
言葉を交わし 水を呑み干し 
季節を啄んで 

そうして 幾数年目の冬は来て
このくにの冬枯れの山の 
稜線のあたり

おだやかな日が
差して



  ***
手紙をくれた受刑者の連座した事件は、犯罪史上に残っている。

・・書簡や拙文の詩など、諸氏に読んでもらい、本人個人情報
開示も可・・ということではあるが、ブログで発表、となると、
事情も変わってくるかもしれない。

アメリカの獄中から短歌を詠む 郷隼人という歌人がいる。
終身刑のようだが、犯罪の概要は公表されてないようだ。
同じ終身刑でも、アメリカと日本の違いもあり、事件の概要を
公表すれば、必然、当人の名も知れる。

ブログで、どの程度明かしてよいのか・・・、
正直、判断しかねる。
当人に確認しないといけない・・とも思う。

“塀の中”へ、なかなか返信を書き出せないでいるのだが、
ここにきて、いよいよ、重い腰・・いや、重いペンを持って
いざ! 書かなくては・・・


  つづきはまた いずれ




2013.01.06 大夕焼け

いそがしい毎日の 合間を縫って、川辺に沿った道を

ウオーキングする

 

橋をわたり、さらに隣市にまたがっての行程

距離にして7~8㌔、7~8000歩、1時間ほど・・、

ほとんど車も往来しない

たまに人が犬に引っ張られて歩いているくらいだ

 

人には頓着しなくても、犬とは たいてい 挨拶を交わしてゆく

ワンたちも にぃっ~と笑って ちゃんと返してくれる

たまに、こじゃれたギャルが 連れている こましゃくれたワン

は 通りすぎる人を無視しまくる 吠えまくる・・ 無論、
ギャルも あっち
向いたままで・・

 

ふん、 ナニサマのつもり?!

悪態なんぞ 投げて(心のなかで・・です) どんどん歩く

 

川はつづくのだが、道は行き止まりになり、未開発・途上の

すすきの野っ原が眼前にひろがる

360度 見まわせる 遠大なる風景である

夕暮れどきには 空が 赤く赤く染まってゆく・・・

ここに立って 空を見上げたりするのが 私のいちばんの

元気の素!

 

ここで軽くストレッチをして、引き返す

 

 振りかへり 

また振りかへり

       大夕焼け

 

下手クソな 俳句でも作りたくなってくる        

秋の季語だけど   ま、いいか!

 

 

  ***

手紙をくれた塀の中の人の事件は 調べたかぎりでは、業悪な

犯罪である。

代理人だった 人権擁護委員の元委員長だった弁護士は先年、

亡くなっている。

 

四方 壁の中で、おそらくは 返信を心待ち・・しているだろう

老受刑者の 作品中の哀切な生い立ち、残酷な運命・・・

それらを屑籠に放り投げ、可燃ゴミにしてしまうには

いささか しのびないものがある。

 

***

実は一時期、哲学、宗教学を独学で学び、その一環で、
いのちの書、
精神学、犯罪学・・・の書物も多数、
読んでいる。

 

最近も、エッセイで 永山則夫死刑囚にも言及しているし、

作家 加賀乙彦氏や他の作家の死刑囚との対話集、書簡集、

も読んでいて、それもエッセイに書いている。ただし、

それらはごく 最近のことで、発表もしていない。

 

なので、このたびの、・・歴史に埋もれたような 
ふるい事件の
化石の破片(かけら)・・が、なんの因果か、
私のところに 
舞い込んできたことに、なにか 
目に視えないふしぎな“力”
がうごいている
(・・・ような気もする)。

 

折から、長く続けてきた “詩の会”が 秋に閉会になり、

糸の切れた凧・・・になり果てそうな今、

書け、書くんだ、・・・ 天の啓示”が降ってきた
(・・・ような
気もする)・笑

 

不定期に発行している 小さな詩誌の読者は 詩友、
知人友人
にかぎられていて、人数も知れている。

 

今少し、効率のよい発表の場となれば、 ブログ!!

ブログ・・  しか思いつかない。

 

  ***

老受刑者の 寄る辺無き今の、独房での様子や心境、
そして作品・・詩?
というか、とにかく古臭い作風で、
このままでは誰も見てくれない・・

というそれらを、私が抜粋したり、読みやすいように、
自身のブログに
交えながら、紹介していく・・・ 
と まぁ、それが出来たら、の
話でもあり、希望でも
あるわけで。

 


   ***

ことわっておくが、私は支援者になるつもりはない、

どんな理由であれ、犯した罪の重さは 
“擁護できるものではない”。

 

もしか、犯罪などに関心を持つ人物や犯罪研究家などが
目を留めて、
受刑者とのあらたな繋がりができたらば、
私の役目はひとまず終了、なので、
それに関する記事は 
期間限定とする。

 

   

つづきはまたの機会に

2013.01.05 晴れた日には

 

よく晴れた朝には、太陽が水面に映って キラキラ 光り

川に無数の 水の星ができる

 

川の真ん中の中洲に 水鳥たちが集まって 会議がはじまって

いるようだ

 

「あそこのオバハン、 パン、パンッ! 布団を叩いてからに

わしら ビックリするやないか・・・」

 

「んだ、んだ・・」

「ふむ、ふむ・・」

 

べランダに立って 川の水の星をぼぉ~、と

眺めてるオバハンこと私、

そうだ、こんなことしてられない、ブログ 書かなくちゃ・・!

 



***

トツゼン、“塀の中” から(・・身に覚えのない)手紙が来て、

うろたえた日から はや、数日が経ってしまっている。

 

その事件のことは、新聞などで知っている。

が、昔の明治?か、大正?か、そんな時代くらいのことだ

と思っていた・・、そんな程度の知識である。

 

詩人の私のことは 故・R弁護士が教えてくださった、と。

R弁護士も 私には未知の名である。

私の何をご存じなのやら・・・

 

私の出している個人詩誌が、何かの伝か流れか・・で弁護士の

目に入ったか・・  さしてめずらしい趣旨もない ただの

詩誌なのだけど。

 

28年以上、独房で処する身・・という。

書簡や拙文の詩など、諸氏に読んでもらい、本人、個人情報 

開示も実名・本名で発表して頂いて 可、とも記してある。 

 

殆ど無名の詩人の私に何が出来るだろう

心は揺れに揺れるばかり・・

 

 

が、   私は書くことは 出来る!

 

 ***続きは次回に

 

 

 

 

 

川辺に暮らし、日々を詩や文に綴る・・・



初雪の舞った日、一通の手紙が舞い込んできた。

差出人は”塀の中”の人物、モチロン、見知らぬ名である、

身に覚えもない。

見れば、昔、ある事件に連座した当人?か・・・、便せん6枚にわたり自筆である。

6枚の内容が、何の目的で何の趣旨なのか、混乱の極みで、まだしっかり掴めないでいる。

が、察するに、その人物のその後や作品などを世にしらしめてほしい・・・??

無名の一詩人でしかない私に、そんなこと出来るん?? 荷が重すぎる・・・


つづきは また後日・・   


苦手なPCのブログ開設にかなり 苦労した、疲れた!!

はぁ~!