十月―キンモクセイ

 

秋も深まってくると

町は金木犀の香に包まれ

どこを歩いても香りがついてくる

 

春には桜色に染まるこの町

秋には黄金色の季になる

 

こまかいさざ波がきらめく川に

ちいさな水鳥が群れている 

白鷺が優雅な羽根を広げ

舞い降りる 

一羽 二羽・・・ 

中州に離れて降りて

また 寄り添うツイン

 

これまでふたりで出来てきたことが 

ひとりでは出来ない    

そんな不具合をくりかえしての日々

 

逝くひと

生まれてくるまっさらな いのち

 

この月 老人施設では二人亡くなり

あらたに二人が入居された

 

黄金色は黄昏色とも似て

それぞれの秋が暮れていくのだろう

 

子どもたちの遊ぶ声がした川べりの 

夕まぐれ

すすきの穂が風に揺れている

 

家路につく足音

木犀の香につき添われて

みんなみんな気をつけて お帰り

 


   

八ヶ岳・美し森から

 

 今季、初冠雪になった日、山梨は美し森途上で富士山を

眺めた。

20131019美し森

 

 八ヶ岳高原ライン・バスツアーの朝、出発時は雨で、最初の

休憩エリアまでは降られたが、次第に晴れてきて、周りの山々や

田園風景が映えて見えるようになった。

 

 

 旅に出て、バスや電車に揺られしばらく過ぎると、じき山や林や

田園の風景になる。 

いつもながら、“ニッポン国って、山河のくに・・・”だと実感する。

山々に囲まれた山あいには集落が広がり、それぞれの村の暮らし

が営まれている。そんな山のどこかで台風や豪雨により、地崩れが起き、

川水が溢れ、集落の惨害が生じたりする。

 自然は美しい・・・。  けど・・・。

 

高速をひた走るバスの窓から不謹慎ながら、そんなことを

しみじみ思いながら、いいようのない切なくつらい感慨も湧く。

 

 

 

バス旅の“目玉”は、清里のホテルでの昼食バイキング!

 

少食のわたしめは、ほんとはバイキングは好みではない。

 

いつも歩きツアー専科なのに、何でこの旅?になったのか。。。、

少し前の“乗鞍スカイライン・新穂高ロープウェイ”の山岳紅葉散策

に申込んで費用も振込み、旅行案内パンフも届き、その日を待つばかり

になっていた直前に、地域集合場所発の人員が集まらなかったとかで、

中止!! となったのだった。そんなぁ~、あり? (怒) 

 

 

 日程の都合もあって乗鞍はあきらめ、八ヶ岳行きとなったのである。

乗鞍は若いころ(当たり前だけどそんな時期もありました)夏スキーで

滑っている。八ヶ岳も数年前に長女と行っている。

最近はツアーを利用しているが、以前は長女の友人の旅コンダクター

にざっくり組んでもらい、泊まりで電車での自由な旅をしていた。

北海道、熊野古道、伊豆修善寺、軽井沢etc・・、たくさん旅をしてきた。

長女は目下、ワークウーマン兼子育てに奮闘中。

 

 今回は次女とのいつものバス旅に、(次女の)ムコさんが初・同行した。

 

 

      

        ツミですバイキング!

 

 バイキングは好きではないと言いながら、イザ!その場に

遭遇すると、お皿にあれもこれも、あっちもそっちも、と

満杯に盛ってゆくのは何ゆえか・・・、じぶんでも説明が

つきませぬ。

 

 採算上(モチロン食べる側のです)、割の合わぬ料理法への意地か、
はたまた単なるどケチ
というのか。

 

 

 一応わが身の胃袋への考慮はしていて、お皿にはどれも

ほんの糸ミミズ?ほど、いやぁ、正直に書けば親指ほどの量ずつ

しか乗せていない。それでも程なくするとすぐ胃袋容量を超えて

しまって、ギブアップ!  どんな糸にしても、約四十種のランチ

とあってはそれはムリでやんす。

 

 周りの客はすでにランチを了えていつの間にか居なくなってて、

目の前には、食べられないまま残してしまったお皿があるばかり。

 ―だから、言ったでしょ、取り方がよくないの!

いちどに乗せたりしないのっ!

横で、娘のあきれ顔、ややブベツ?顔。 

 

微妙なコッケイな母娘のやりとりを、笑って聞いてる優しいムコさん。

 

 

タビのミソラでまたもや、ドジでカッコわるいテツを踏み、

 ―ゴメンナサイ、残してしまって、おゆるしを!―

 スタッフさんに謝りながらお盆を返却してきた。

 

 

 

       美し森の散策ですって

 

 容量をはるかに超えたお腹で歩くのもしんどい。

バスに乗ってやれやれと思うも、数分もせず又降りるのだと。

 これから、徒歩で山を登っていくのだと。

 

 なによ~、このツアー、まだ食べたばかりでしょ、ザンコクな。

 

 結構、急な坂道をヨイショ、ヨイショ、

 登るごとに空が拡がり、遥か向こうに見えて来る山並み。


 あ 富士山!!   まわりの誰かの声があがる。
 
え 富士山?!   どこに? どれ?  あぁ~ ほんとだぁ!

奇麗!!   歓声があがる。

 

 昨日から朝にかけての雨に洗われて、山の空気は冴えわたり、

山の景観はこよなく素晴らしい。

 

その時はまだ 初冠雪のことは知らず、帰宅した日の夕刊の

一面に 

 

“世界遺産 初の雪化粧”の 文字

白いベールを被った富士の山の  美しい写真の掲載があった。

  


    “うつ”の穴ぼこ

 

予想どおり ある日、から ストン!、と寒くなった。

 

毎年毎季?のことながら、暑さ寒さの境界がストン!、すぎる。 

暑いのから、ちょうど良い加減を跳び越えて、いきなり寒くなって

しまうのって、なんだか人生とおんなじだワ・・・、って思えてくる。

 ちょうど良い時期はすぐ忘れてしまうくらい あっという間で、

ふっと、気が付いたら、いつしか老境に入ってるような。

 

 急激な気候の移り変わりに、からだもこころも置いてきぼりに

なって、さながら トスカ??  いやいや、そんな洒落たモン

じゃなくて、 うつの穴ぼこ、・・・に蹲ってる状況か。

 

 

 そんなわけで、じっくりパソコンにも向かえないでいた。

一週間以上の無沙汰。

 

 

 

 

        風に飛ぶ天女の羽衣?!

 

 先だっての台風26号は、大島や各地にまたもや悲惨な被害を

もたらして、去っていった。

 

 前の川も豪雨でまたたく間に水位が上がって、アブナイ状況

だった。普段は川面の風景を愛でて楽しませてもらっている

のだが、ひとたび台風の季になると、そんなノー天気さも吹っ飛んで

しまう。

 

 西と北を除いて川に囲まれている我が家は周りも庭もぐしゃぐしゃ、

木の葉はモチロン、小枝もゴミも、ひっくるめて飛んでくる。

 

 うちからも何かかんか、飛んでいってるかも・・・、

 

 台風の翌朝、雨戸を開けて、まず目に飛び込んできたのは、

数メートル先の川並の桜の大樹・・の枝の先、何かが引っ掛かり

ぶら下がっている。

いっそう目をこらして見やれば、我が家から吹っ飛んでいった

とおぼしき、エアコン室外機を覆っているカバー、! ではないか?!

 

市販のカバーを掛け、念いりにもう一枚白いビニール袋を被せて、

ちゃんとゴム紐でしばりつけてある、それの二枚とも全部、強風で

はがされ、白い方のが・・・、

 枝に引っ掛かって、羽衣のごときぶら下がっている・・・、

 

 

 ひゃっ!!  目立つの何のって・・・

 

朝一番のストレッチも省略し、慌てて長靴履いて、
長い棹、じゃなくて
蜘蛛の巣払い用にしている園芸用の長~い支柱、
を持って、
駆けつけ、棒を振りまわし、かろーじてぎりぎり、届いて、
回収してきた。  
はぁ~、 市販のカバーのほうは行方不明なり。

それ、二階用の室外機の。

 

 下の室外機一台の両カバーも吹っ飛んでて、それは庭のあちこち、

枝やら葉っぱやらに引っ掛かっておった。他の二台のは無事。

夏も冬も殆ど使ってないのに、4台のエアコンがある、

そのうちの古2台は稼働するかしないかは不明です。

 

 

 

 

       ダンシャリくそたわけ、か

 

 蹴りたいダンシャリ、か、  う~ん~~~、ムムム、

 

 ただいま目下、ダンシャリとの闘い決行中なんでございます!

 

 今月に入って、地域の小中学校の資源回収が行われている。

それに備え、遅延、or 中止・・の状態にとどまっている

衣類のダンシャリとやらを・・・!

 

 

 数日前からぼちぼち 衣類を出してきて要・不要の選別を・・!

まずは 1年のうちで着たものだけを ストッカーにしまった。

 

 モンダイは残りのもんである。

おそらく、クローゼットに収まっているもの、ぜーんぶ放り出せば

膨大なる大山になる、ともいえる量ではある(と思われる)。

 

 そのうちからまた更に、選別する、 ・・・これ、一大事業やねん。

 

 とりあえず放り出した衣類の小ヤマ、-ぜん~ぶは出してない―

 

 を、寝室の足元に積んだまま、数日が過ぎる。

 

 

 なにかしら、こころが曇って、そのうちシトシト雨さえ降って

きて、ひたすら、“うつの穴ぼこ”に落ちてゆくのであった。

 

 

 小学校の資源の日には、新聞紙のほかは 数枚の衣類のみ出した。

 

 かくて、小ヤマは依然そのまま・・・。

 

 *** ダンシャリがなんだっていうの。これまで生きてきた

生涯の軌跡まで断しゃりする必要はないんじゃないの。

 

*** 少し前、エッセイブログ、hitomiさんという方の

8・6日「断捨離できない」記事中の文を共感しながら読ませて

いただいた。上記・少し引用をお借りしました。

 

 

 人それぞれ、しまっておきたいものってあると思う。

それは子育ての思い出(―だけではなくてそこには様々な辛さ、

歓び他などの感情も追随されていると思える―)であったり。

わたしの場合は、多数の情景を伴った洋服であり、

数十年書きつづけてきた作品群であり、書物であり・・・。

 

 

 で、悩んで考えて、もろもろ経て絞り出したのは――、

 

遺ったモノたちは、子どもたちに処分してもらおう!

 

これまで、子どもたちに迷惑かけまい、として仕舞支度を、と

決めてはいたが、悲しい哀しい寂しい淋しいそんな思いまでして

子孝行するのはやめよう!  決めた!! 

 

 子どもたちにとっては、何でもないモノたちかもしれず、

それは淡々と処分していけばよい。育ててもらった最後の

恩返しとして。始末仕事として。

 

 前にも書いたと思うが、転居の際、家具は殆ど、処分してきた。

子らの机椅子、ベッド、自分の古机、六点セットの花嫁道具の

三面鏡のみ残して、和・洋タンス数棹、四人の家族分の茶碗他の

入っていた大きな食器棚も食卓も、書棚その他ぜ~んぶ。

思い出も涙もふりきって、髪振り乱して、  処分してきた。

 箪笥は陽の当らない北側に置き、大切に扱ってきたから、抽斗

の敷物を取ったら、まだまっさら、状態だった。手を合わせて、

ふりきった。

 

 新居に入ったとき、資金も家具もすっからかん!!

な~んにもない。

四角四面の空き状態でスタートし、しばらくは引っ越し用

の段ボール代用での 文字通り“段ボール暮らし”だった。

 

 

 なので、今も 比較的 真四角状態、ではあると思う。

ただ単純にだらしなくモノが片付けられず、部屋が散らかっている

というのは、論外として、

それぞれの生き方処し方に準じたダンシャリ法があっていいのでは

ないだろうか。これ、片付け法の諸センセイに言わせたら、

ただの言い分けになるかもしれないが。

 

 

 漸く、そのようなケツロンに達したのである。

 

 

  ***断捨離とは 古来インドの深い思想によるもので、

上記文は、決してそれに異を唱えるものではありません。

 

 

2013.10.11 追憶の秋

 

             秋バテ

 

 十月だというのに、30度超えの暑さ。

昼間は汗みずく。掃除機かけていると、汗が床に飛び散って、

ノズルがそれ吸い込んで、ジュワー、シュー!

めげずに汗ポタ、ジュワー、シュー!・・・。

 

 

前述の作家・藤沢周氏 言われるところの、

“秋になると、季節性うつ病につかまる 甘美なる地獄。

 深刻な憂悶。”

は、ふたたび  「暑い、暑い」と文句たれる・・・ことに

なっている。

 

 そうして暑い夏、いや、秋が過ぎてゆくのであります。

 

 

 

        ただ 穏やかに

 

 ホームの母は、大抵ディルームのいつもの席にちょこんと

丸まっている。膝を揃えて、目を閉じて、半分睡っているような

気配で。

 

 横に座っている娘に気が付くと、ニコッと笑って、また

元の姿勢に戻る。以前の口癖だった「もう、お帰り! 送ってくから」

の言葉はない。

緑内障も進み耳も遠くなった母の隣りでただ寄り添ってしばらくを

過ごすと辞してくる。

 エレベーターのところまで、押し車をひいて見送ってくれることも

あるが、ひとりで元の場処まで戻れない時もあるらしい。

 

 少しでも動いてもらって変化の刺激を持ってほしい、という希いと

スタッフに負担をかけてしまうということとの兼ね合いに迷う。

 

 こうして母の老いは少しずつ深まって、けれど、前にも書いたこと

だが、緩やかな穏やかな深まり具合なのである。

 

 

 

           仁王門通り

 

 母に会って、せつない気分でとぼとぼ帰るのだが、

気を取り直し、途中下車して、懐かしい古い町に寄り道する。

 

 東仁王門通りを進んでいって、あんかけパスタの店を見つけた。

そこでお昼と夕飯兼用のパスタを。380円也。

 先週 テレビ「おじゃマップ」で香取くん、草薙くん、上戸彩さん

が入ったお店である。

 

これまであちこちの“あんかけパスタ”を食べてきたけれど、どこも

いまいちだった。

そこは値段も破格、お世辞にも奇麗で立派には見受けられなかった

けど(失礼!スミマセン)、ここのパスタ、

わたしの“お気に入り殿堂入り”!笑

 

 ほんとはパスタを食べに寄り道をしたんじゃなくて、中学の同級生

のラーメン店に行くつもりだったのだ。けど休日なのか、遅い開店

なのか不明なまま(午後5時半~6時過ぎてた)開きそうにないので

Uターンしてパスタに辿りついたのだった。

 

     

 

 

           創作

追憶の 町

 

 

      

はらはら、… 追憶も散ってしまわないうちに、書き留めて

おこうと思う。        

 

        ☆

 

中学の同級生、イッ君のお父さんは、組長親分の兄で、

敷地の隣りで工務店を営んでいた。

高い所から落ちて亡くなって、その後、イッ君が跡を継ぐ

かたちで同業をつづけている。

 

 親分の弟は、別の所に住んで、商店街の縄張り内のパチンコ屋を

経営していた。わたしとイッ君はいわば、“虎の威”を借りて、

中学高校の分際でその辺のお店やパチンコ屋に出入りしていたわけだ。

 当時、パチンコの玉を弾くだけの単純な(と思えた)ゲームは

すぐ飽きてしまい、じぶんには不向きだと悟っている。

 

 

 

 親分には、サヨちゃんという娘がいた。わたしとサヨちゃんは

同い年であり、イッ君と三人、同級生であった。

 

 サヨちゃんとは小学校くらいまでは仲がよくて、家にも

遊びに行った。

 

 昼間、庭で遊んでいると、窓の向こう、風呂に入っていた

親分が 「うるさいから、あっちで遊んどいで」と言っている

と、若い衆が伝えに来た。

 

 サヨちゃんが言うには、 

「うちのおとうさんね、首まわすと、コキン、コキン、って、

音がするんだよ、」

 (へぇ、親分の仕事も案外 楽じゃないんだ・・・、)

そう 思ったような。

 

 

 親分の家には、サヨちゃんのお母さんじゃない奥さんがいた。

派手めの目ぱっちり! 「女優さん」みたいな。

 

小さな坊やもいた。母親ゆずりらしい大きな目、透きとおる

ような色白の肌、茶色の髪をした可愛いらしい坊やだった。

 

サヨちゃんには異母弟にあたるその子を、わたしもさサヨちゃんも

可愛がって、よく一緒に遊んでやった。

 

 

やがて、私学の中学に行ったサヨちゃんとは、しだいに会うこと

も少なくなり疎遠になっていった。

 

いつ頃だったか、通りかかった時、敷地の前の縁台で、若い衆と

ふざけあっている彼女をを見掛けたこともあった。

早くも“姐さん”姿が板についてきた・・・ようにも見えた。

 

 

 さらに歳月は茫々 過ぎていった。

 

 

サヨちゃんはい若い衆の筆頭と一緒になった様子であったが、

後年になって、デパート内にある服飾テナントの店で働く姿と

出遭ったことがある。こころなし目をそらした相手に、声を掛け

そびれ、そっと通り過ぎてきた。

 

 

長じて跡取りとして育ったであろう、可愛らしかった弟のほう

は、ヤクザ社会に馴染めず、賭場や抗争などのなかで心を病んで

しまった・・・と、

後に イッ君から聞いた。

 

 

 

 

親分が亡くなり、 その後、○○組一家は、消滅した。      

 

         ☆

 

時代の波に吞まれるように、商店街は寂れてシャッター通りとなった。

 

           ☆ 

        

   了

      *上記作品はフィクションです。

 

2013.10.07 詩  思ひ橋

 

    思ひ橋                

 

 

用心深く

*一の橋 二の橋 三の橋・・・

と 渡っていく

池も古い家もすでに見当たらないが

思案に暮れた橋を 尚も捜しあてていく

 

      ☆

 

ホームに居る母が時々ふさぎこむと聞き 昔のルーツを辿ること

を思いついた 父母の名前 兄妹の名前、すぐには出てこなかった

が 父の栄太郎の名を思い出すと後はすらすらと言える 上の二人

の兄は若くして亡くなったらしい ・・父親は頭がいいひとだった

・・ へぇ、じゃ、本や絵が好きだったひとは何番目のお兄さんだった?

 母の視線が遠く泳ぐ

 

昔、納屋に古びた本棚が置いてあった 厚い書物がたくさん並んでいて

学校から帰るとすぐに裏庭を通り抜け 小屋に入り分厚い書物に読み耽った

色褪せた赤い表紙や青い表紙の 母の兄が遺した本の群 そこで

「明暗」「行人」「それから」「舞姫」など たくさん読んだ 

旧仮名づかいで細かい漢字がぎっしり詰まっていたがすべてに振り仮名が

付いていた 

“アンクル・トムス”に出遭ったのもそこである

 

 それは三番目のせいぞうにいさん、だよ、 書くことも好きでね、

だけど戦病死した、 二番目のかんじにいさんが、裏道からよくお寺に

お参りに行ってた、じぶんの胸の病気を治したくてね・・・、

もう、すっかり忘れてしまってたよ・・・

 

そういうと 母は傍らにあったタオルを取ると目がしらをふき、顔を覆った

元気づけようとしたのだが 逆に哀しませてしまったかもしれない

 

           ☆

 

九十歳を越えて詩を書かれる方がいる 詩誌のいつも最初の頁に載る作品を

ひそかに心待ちしていた おそらくお会いすることも話すこともないだろう

その方の遠い遠い風景が おぼろに霞み 風に揺れる麦畑がさざ波になって

寄せてくるように わたしの処に届いてくる

茜の空にむかってなにもお返しもできないけれど いつか霞む橋に辿りつきたい

とは思っている

 

たそがれの空を仰ぎながら家路に着くとき 

この頃 口癖のようになっているあいさつを自分に返す

 *おしまゃーす おしまゃーす

             

*の部分のみ・詩誌「仙人掌」・同人作品よりお借りした   

     

 

 

 

   

           いざ 生きめやも

 

 九月終りから十月初めにかけて、早朝の鰯雲、鱗雲の美しさと

いったら、ほんとに見事、だった。

 それをブログに書こう・・・、と思いながら、パソコンに向かう

余裕がなく過ぎてしまった。

 

 映える空の下、数十羽の雁たちが 羽ばたきながら ふゎ~~、

いっせいに川面に降りてくる。

 ツ、ツツ~~、水面を波立てて滑るように 着水。

おもいおもいに水浴びしたり さかさに頭突っ込んでいたりする。

 

 

     

秋に悶える?! 

 

最近の新聞記事、作家・藤沢周氏 「秋に悶える」

 

として、こんな美しい描写があった、読まれた方もおられると

思うが以下に写してみたい。

 

 

 ―― 朝夕すっかり涼しくなった。となると我儘なもので、

あんなに「暑い、暑い」と文句たれていた夏にかかわらず、去りゆく

季節に寂しい気分になったりする。空高い鱗雲や山の稜線を際立たせる

夕焼けなどを見て、なんともせつないほどの感傷を覚えるのだ。

さらには、秋風に漣を立てる川面やアスファルトを転がる枯れ葉の

乾いた音などにつかまり、感傷よりももっと深刻な憂悶にとらわれる

ことがある。ロシア語でいう「トスカ」である。

 「どうかするとそんな風の余りらしいものが、私の足元でも二つ三つ

の落葉を他の落葉の上にさらさらと弱い音を立てながら移している… 」

――            * 以上 記事より抜粋

 

 

 

藤沢さん、 “詩人” ですねぇ~~!!

 

なるほどそう!、感受性の深いものには、今の季節は鬼門、

なのである。

 

 「トスカ」、 今、わたしもまさしく それ!! 笑

 

 眠れぬ夜を抱かえ、もんもん、憂悶の底知れぬ闇に覆われたり…

する。もっとも 脆弱な資質ゆえ 不眠は長くは続かぬ、

数日もすると 横になった途端、バタンキュー~、

それに昼間、ソファでうつつ…してたり、テレビ見ながら途中から

zzzz…、 なんの心配も要らぬ勝手な 憂悶 ではある。

 

  * 「いざ 生きめやも  鎧の重くなりぬとも」 

 

 

         ゴーヤの “倍返し”

 

 暑いあいだ、ぐんなりしんなりして勢いの無かったゴーヤが、

九月の酷暑の力を得たか、勢いを巻き返している。

うちの三歳女児の腕くらいの太さのが、あっちにもこっちにも

垂れさがっている。  

ご近所にお裾分けしようにも、この頃じゃ、巷の住宅の窓辺や

垣根にゴーやの緑が成していたりして、めずらしいもんでもないし、

それに 意外に好き嫌いのある野菜なので・・・、思案する。

 

 細かく刻んだのを 梅干し用の大きな笊に入れて 天日干し。

それを ゴーヤ茶として、朝いちばんの“湯ざましの一杯”

として飲むことにする。

 長めに湯に入れたままにすると、 

 

ム、ムムム~ わっ、苦がっ!!

 

 

 

 

        読書ノートより

 

 *ヨブはいう、公平など期待できない。理不尽な世界に住んで

いるのだと。神は確かに存在する、しかし、正義や善という限界

にしばられない存在なのだと。    (H・S・クシュナー)

 

 

 *明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。

その日の苦労はその日だけで十分である。(マタイ福音六―三十四)

 

 

 *災難に遭ふ時節には災難に遭ふがよく候。死ぬる時節には死ぬが

よく候。            (良寛 七十一歳の時の思想)

 

 


2013.10.01 詩  秋桜

 

  秋 桜              

 

 

 

庭先に立つ幼子の

やわらかな髪が 風に揺れている

草も花も小さく揺れる

 

巻雲や筋雲が

ゆるやかにうごいている 

 

こんなにも 

おだやかな季節であることの

ふしぎ

 

喧騒の日々

剣呑な世相

を ひとつひとつ

息を吐いて

落とす

 

草地を踏んで

歩めば 遠くに

薄いとりどりの色の

小さな花の群が 揺れてみえる

 

風にもなれなかったひと

空の点にもなれなかったひと

 

背丈ばかり伸びたその先に 

はかない色をつけて

風に吹かれるのは

鎮魂か吐息か

 

心地よい風の季節が

長くはつづかないことを胸に

しまいこんで

ただ

歩く

 

 

 

 

       パソコンの危機!

 

 我が 古ノートパソコン・ビスタ様が 過日トツゼン

起動しなくなった! オレンジランプが点滅するばかり・・・

 

 その夜は復旧ならず、失意のうちにコンセントを抜いて、

寝ることにした、が、切ってもランプが消えない、点滅が

つづいたまま、

・・・、もしや、燃えだしたら困る!

 

 

 万一に備え、リビングにあるパソコンの下で、横になった、

・・・が、どーにも寝心地がよろしくない、思いつくかぎりの

スイッチやらコンセントやら引き抜いて、うえの寝室へ。

 

 眠れなかった!  朝、すぐ 復旧を試みるが、

わたくし如きPCオンチが手に負えるものではない、

 

 パソコンを買った元マツヤ電機店に、電話で聞いてみると

・・・バッテリーをいったん外し、数分後に再度はめ直して

ください、よくあることですよ・・・

とのこと、その通りにしたら、起動した! バンザイ!

 

 ・・・であったのだが、次はネットの接続が出来ない~~、

 

 さぁ、そこから、娘も交え、えんえんとPCとの格闘

がつづく・・・、 にっちもさっちもいかず、

ニフテイに電話して聞いてみる、 聞きながら、娘が、

ごちゃごちゃのコードを探っていると、 ブランブラン、

ぶら下がっているコードが一つあった、

 

 それは、 PC機器(向こう側)に直接 繋ぐ必要のある

コード、であった!  

 

 ヌシのわたしめ が、夜、引っこ抜いたのであろう・・・、

本人は昨夜からモーローとしていて、しっかり記憶にない、

 

 トンだドジぶり、 しかし 笑い転げる・・・気力もなく、

娘は“ブベツのマナザシ”で母親をにらんだ(・・気がする)。

 

 

 かくて、再びブログ更新は出来るようにはなったが、

パットは使えないままである。

 

 

 

       使いづらいマウス殿

 

 ワード専科で、これまで、ネットもあまり

使わなかったし、キーボード上で、大体コト足りるパット

方式で動かすフラットポイントはわたしには必然法なので

ある。(PC使用頻度も一か月に数度くらいだった)

 

 慣れたら断然使いやすいよ、と、どんなに勧められても、

ネズミ!・・、なんてヤダヤダ、  頑な?に 敬遠拒否、

ずっとずっと、パットで指で動かしてきた、 パット歴 

三十数年以上に及ぶ。

 

 今更ながら、思いどおりに動いてくれない 不馴れな

“ネズミ使い”に苦渋を強いられ、悲鳴をあげている、  

両の四本指の定位置に置いてローマ字キーの正しい位置を

レッスン中だし、そこで 右手を離し、マウスを持って、

また戻して・・・、かなりのロスではないですか~、

手間ヒマ掛かり過ぎ~~、

 

 ノートパソコンをお使いの方々、如何ですか?

どちらをお使いですか?

 

 と、いうか、パット復旧の方法があったら是非、

ご教示ください!

 

 電機店の若い女性スタッフの話では、購入後七年、の

パソコンは、バッテリーも使用年数越えてるので劣化?

またダメになる可能性大、及び、使えなくなったパットは

メーカーに修理を頼むしかない・・・両方とも費用は

結構掛かる、という返答であった。PC買い替えの時期か??

涙々・・・。

 

 

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