2013.11.30 山里の散歩道
  
          
      山里の散歩道

 

201311散歩道

 

 忙しい一日でも出来るかぎりは散策に出る。

 

 紅葉は終わりかけ、葉っぱがはらはら落ちてくる冬の道の辺、

心が屈しかけたとき、満タンになってどうしようもなくなったとき、

山の道、峠の道を辿り、ただ歩く。

 

 峠を抜けて田んぼを横目にさらに歩くと、小さな神社がある。

深い木立に囲まれ、見上げるとまん丸な碧い空が見える。

 大事な家族が倒れたとき、この神社の石の階段を上がり下り、

百回まではいかずとも、手を合わせ念じてきた。

ともすればあまりの現実にくじけてしまいそうな心を、森閑と

した木立と静謐な空気に慰められもした。

 

 今でも大好きな場処である。

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        風邪ひいた・・    

  

 数日前の夜中、寒くて背中がゾクゾク・・・!!!

悪寒で目が覚めた。寒すぎて起きることもできない。

 

 あんかこたつはまだ出してないし、

エアコンは、リモコンの電池が入ってないし、おまけに

室外機にはカバーが(念入りに)掛かったままである。

 

 震えながら何ともしようがない・・・、ゾクゾクっ!・・・

布団に丸まってそのまま我慢!

 

 

 起きてその日、パソコンのキーを打ちながら、

~ハァ~ックション!!

~クシュン、~クシュン、~  ~~、~~、~~、

なんど、繰り返したやら。

 

 バカでもナンでもいいから、風邪は困る~、

なにしろ かかりつけ医を持たないので。

 

 健康手帳のメモを見たれば、

2010年11月末、犬山寂光院の紅葉を見に出掛け、

いつもなら遅くなるまで、その辺をほっつき歩くのに、

その日は早く帰りたくて、肩が凝るし、腕も上がらないし・・、

たいして動いてもいないのに、なんでこんな筋肉痛??

なんだろう・・・

 

帰ったら悪寒がして咳が出て、胸痛も出て、ダウン。

その時に隣市の内科へ行き、―ハイ、薬を出しておきます、

簡単明瞭?な診察を受けて、

 それっきり、内科には掛かっていない。

 

 

 今年も同時期の晩秋、高齢、じゃなかった、恒例、ダウン。

医者には行かず、熱いお茶にしょうがやにんにく、梅干しなど、

入れて飲む。熱なんてあってもなくても測らない。

 ダウン時の特徴?は筋肉痛。手足もぎってしまいたい?!・・くらい

にダルくなる。

 

 わたしのブログを時折訪問?してくださる 美味しいエッセイ

(という題ではありません、人気ブロガーさんです)の記事に

肩凝りには葛湯がいい・・ってあった。

(当方も折々読ませていただいてます)

 

 朝食のメニューに冬場は、温野菜に葛切り(春雨の太いの

・・みたいなの)を茹で玉子用のお鍋に放りこんでトッピング

(あ ついでに大豆も放り込みます)。

 

葛粉と葛切りの違いもよくわかってないんですが、材料は同じ?

ですよね、  でも効果のほどはどーなんだろう?? 葛粉も

試してみる?

 

   晩秋の川辺 

 ’1311川辺の四季

 

 

木枯らし1号?

 

今朝は一転、荒れ模様の空、木枯らしが吹きつのる。

いよいよ 冬到来、  おぉ~ 寒ぶっ!!

 

 

 

      

独り暮らしで認知症になったら?

 

 NHKスペシャル 二日つづけて、認知症関連の番組を見た。

一回目は ある日母が認知症に・・・息子が撮影した3000日

泣き笑い!介護奮闘記

 

 息子といっても、七十過ぎた元NHKディレクターだった人と

夫人の二人三脚での介護の苦闘記録である。最後の最後は入院と

なったけど、オモシロイ長男オッサン(失礼ながら)に見守られて

まぁ、このおかあさんの最期は、幸せな部類に入るのではなかろうか。

 

二回目の、独り暮らしで認知症・・・

のほうが哀切で泣いてしまった。古い家を離れる決心がつかない

まま、こころがボケていって、どうしたらいいかわからない・・・、

働き続け苦労して貯めた貯金も、財テクやらの餌食にされ、一文無し

に・・・。こんなボケた老いた人から巻き上げようとする敏腕な

さらりーまんのあなた、

一滴の良心も情もないのですか?

心は痛まないのですか?

 

そして迷いの苦悩のなかで、人知れず命を落としていく・・・。

 

 独りならずとも、一方が頼りにしきって、頼られるほうもむげに

できず、老いた夫婦が共倒れ・・・となるやもしれず。

 

 

 

 じぶんの最期をどう過ごしたいか~、中年以降の世代の

課題とも言える。それは現代社会の頼りない歪んでもいる

政りごとをも含めて、思い通りにはならぬ・・という

ケツロンにもつながるわけで。はぁ~。

 

 

 

 

         読書ノートより

 

 人間は生れた時から自己実現への道が始まり、それは究極の

目標である死への準備なのだ     (医師 河野博臣氏)

 

 

 人間は皆地球の旅人(トラベラー)である。何も持たずに

やってきてまたすべてを置いていってしまう

     (スワミ・チダ ナンダ インド修行僧 文学士) 


         天からの送り状

 

 

  地上・各位         天上より

 

 本日は、天よりの送り物、といっても白い雪ではなく

ぽかぽか・お日さまのぬくい日和を、ほんの僅かですが

お裾分けいたします。

         取り急ぎ          草々

 

 

 晩秋から初冬にかけて、移りやすい天候に交じって、

ごくたまに、午前から午後のいっとき、恩寵のような

あったかい日和がある。わたしめはそれをひそかに、

“天からの送り物”と名付けている。

 

 

          日向ぼこ

 

 そんな日は、心のもやもやをあさっての方向に放って、

庭などに出て、土仕事を楽しんだり、ぼぉ~、と座り込んで、

 

 生けるだけ 

生きて死んでく 

日向ぼこ

 

・・・ってのもありでいいんじゃないの? ふふふふふ。。。。。

 なんて過ごしたりする。

 

 

 

 

 白鳥庭園巡り

 

さて、そんな小春日和に恵まれた日、従姉妹たち四人、

母の居るホームに集まって、そのあと白鳥庭園の紅葉を散策し、

食事会をした。

 

 庭園のすぐ近くのレストラン。

 

 ビッフェ付き・山の幸コースとかいうのを頼んだ。

 ビッフェはバイキングである。八ヶ岳・美し森のホテル

バイキングでの失敗は繰り返すまじ・・・!

 親指ほどというか、小指ほどの量ずつお皿に乗っけまして、

じゅうぶん楽しみました。 

けどメイン・山の幸のハンバーグランチはお肉が外はカリっと

しっかり焼けてるのに、中はまるっきり半焼け・・・、

ミディアムどころか、レアですね、 ビーフステーキならともかく、

ミンチのまだ赤いままなのは どーも気持ちわるい、姉もわたしも

残してしまった。 ハンバーグとしてはどうなんですかね・・・ 

 

ビッフェだけのコース(値段も幾分安い)もあって、

バイキングは野菜がいっぱいで美味しかったので、それにすれば
良かった~、

しまった~、アトのマツリ!!  でありました。

 

 

でも、まずは恩寵みたいな小春日和!のひと日を楽しんだ。

 

1311白鳥庭園

 ’1311白鳥2

’1311白鳥3 

’1311堀川 堀川を望む

 ’1311横綱石碑

   
北の湖元横綱の石碑です
元増位山・三保ケ部屋の宿舎だったお寺にて
 

      十一月 ― 赤い月

 

 

暮れるほんのすこし前の

夕刻

登っていく坂の上の 空に

赤い 丸い 月が見えた

 

西の方位の夕焼けや

沈んでいくお日さまの

彩を 月が引き継いで集めた 

赤 のような

 

赤い色は

希望とみるか

悲哀とみるか

 

登り坂を歩いていると

来し方の多数の情景が浮かんでくる

 

むかし 

坂の両側には

桜大樹の並木が 

空を覆うように繁っていた

春には 薄い桜色に染まった大きな大きな

トンネルの下を

夢のように歩いた

 

桜樹は工事で伐られ

また老木になって枯れて朽ちていき

今は 僅かにのこった枝が

しきりに葉を落としている

 

赤いまん丸なお月さまは

いくぶん俯いているように見える

 

坂の途中で右に折れて下り

だれもいない家のドアを開ける

お帰り。

 

家のなかから見上げると

赤くない色の

いつもの

澄ました月が浮かんでいる

  おやすみ。

 


       狠だって哀しい

 

 

 

 東北への長旅に出掛けた折り、慶子は片道だけ同行した。

 

 そのとき、慶子は<結婚>が決まっていた。

ケッコンしたくない、イヤダイヤダ・・・、呪文のように

唱えて悩んでいる最中に、わたしの東北旅行に行くという話を

聞いたものだから、たちまち、

行きたい、行く!

・・・、バタバタと同行することに決まってしまったのだ。

 

 婚約者が指折りかぞえて待っているのに、のんびり長旅を、

なんてわけにもいかないから、じゃ、片道だけ一緒に行って

途中で帰ってくる、という具合に折り合いをつけた。

 

 ここでは、東北長旅の道中記を書くのが本筋ではない。

なぜ、慶子がしたくもない結婚をすることになったのか、

それを書くのが目的である。

 

 

 

         ☆



 慶子はその頃、元同級生だった原田と時々つきあっていた。

 

原田某は、わたしの記憶にほとんど残っていないくらい、

おとなしい目立たない生徒だった。

学校の先生をしているという。

 

 慶子に言わせると、「恋人だなんてとんでもない、時々電話が

かかってくるから、会って話をしたり、音楽を聞きにいったり、

・・・」  

 そんな程度のつきあいだったらしい。

 

 

 その日も市の公会堂で音楽を聴いて、その余韻のまま、

ひと駅ふた駅ほど、歩いて帰ることになった。

 

 今では車がひっきりなしの明るい通りなのだが、当時のあの辺り

は夜ともなると暗い堀川運河が横たわっていて、車の往来も減り

人影も途絶えてしまう。

ふたりは、連れ立って暗い夜道を歩いた。

 

 

 

 

歩いているうちに、原田の様子が変になって、突然、慶子の

身に覆いかぶさってきた。

 

 真面目な男が思い詰めると怖ろしいいことになるのか。

 

これまで常に紳士だった元同級生がトツゼン、送り狠に豹変

したことが慶子にはすぐには信じられなかった。だが、目の前に

迫ってきた獣の狂気のような眼を見ると、恐怖で息が詰まった。

 とっさに身を翻して逃げた。

 

 原田は背が高い。小柄な彼女はたちまちにして追いつかれる。

かろうじて逃げ、追いつかれ、逃れして、とある民家の車庫に

逃げ込み、そこでついに追い詰められた。

 

 あわや、絶対絶命!というところで、慶子の悲鳴を聞きつけた

人が駆けてきた。

ベレー帽を被った中年の男性だ。だが、体型といい年齢といい、

ベレー帽と原田では結果は目に見えている。

 

制御心を失って、狂気と化したこの若い男は、助けに入った

相手にまで襲いかかった。

 

 

 

       

          ☆

 

ベレー帽の男性は傷を負い、病院に運ばれ、

事態は警察沙汰にまで発展していく。

 

 

 

原田は親思いの長男で、勤務先の学校でも真面目で教師間の
評判
はすこぶる良かった。

 

 事件のあと、原田の両親が慶子の家を訪れて、誠心誠意、詫びた。

そして地面に土下座して頼んだと言う。

 

 

 ――どうか告訴しないでほしい。おねがいです。

 

 

 両親と職場の学校側の尽力で、示談がなされ、告訴を取り下げる

ことにしたらしい。

おさまらないのは怪我を負わされたベレー帽氏である。

画家だそうで、怪我の補償もふくめて、告訴を辞さない構えだった

という。

 

 

 

 原田は教職を辞め、故郷を離れ、遠く地方へ流れていった。

 

一方、慶子は傷心癒えず、勤めも辞めた。

父親はすでになく、老いた母親に代わって、兄一家が家の中を

取り仕切っていた。とりわけ、気の強い義姉とそりが合わず、

事件後の慶子に安住の場はなかった。

 

 そんな折りも折り、地方出の青年が慶子にプロポーズしたのだった。

男はこりごり、結婚なんか、と思う裏から、現状から脱したい、

結婚すれば、気分も落ち着くかも・・・。

 ワラにでもなんにでも、縋りたいような弱気な慶子だった。

 

 

 先方の親が乗り気なうえ、厄介払いしたい兄一家にはもとより

異存はなく、とんとん拍子に話は進められていった。

 

 ・・・ケッコンもなにも、わたしはね、心から安らげる場所が

ほしかっただけなの・・・。

 

 

 

  

        ☆

 

 結婚が決まると、いくらか気分を取り直した慶子は、再び、

仕事を探し勤めに出る。なにしろ、義姉の君臨する家の中は

針のむしろ、なのだ。

車の販売会社の職場を得た彼女は、そこで、“運命の出会い”

に遭遇する。

皮肉にも、生まれてはじめて、本物の恋をしたのだ。

 

 慶子より、一、二歳、年下だが、実に落ち着いたしっかりした

人物で、「能」が趣味だという。能楽にも、能面にも一家言を持ち、

書にも親しんでいて、聞いたかぎりでもな並々ならぬ、

いかにも、慶子が好む相手に思えた。

 

 能の君も慶子を愛して、恋人としての交際がはじまるのだ。

地方出の朴訥な男が急に色褪せてくる。しきりに結婚が疎ましく

なる。白紙に戻したい、と頼んでもみた。が、所詮、通る事柄

ではなかった。

 

 ・・・父親のいないこっちは、てんで立場が弱いのよ、

兄貴は早くこの家を出ていけ、の一点張りだし、母はおろおろ

して、なんにも言えない・・・。

 

 

 

 そんな修羅場の最中に、何かを吹っ切るように、慶子はわたしの

旅行に同行を決めたのだった。

退社し、恋人とも涙の訣れを告げ、旅から帰ると、地方の分家

してもらった“新家ンちの花嫁”になった。

 

 

 

   

 

          ☆

 

 “石の上にも三年・・・”の目標を、ひそかにたてた慶子は、

とにかく、三年は辛抱しよう。子も作らないように用心して。

 

 つよい意思を通して、きっかり、三年後、身一つでその家を出た、

のであるが。・・・・

 

 

 

 新家んちの息子である人を、一度だけ見たことがある。

繁華街を歩いていて、ばったり、慶子夫妻と出会ったのだ。

 

 印象の薄い、けれど控え目な気の良さそうな人物に見えた。

考えればこの旦那さんも、慶子とはある意味、被害者のような

不幸な婚姻ではなかったか・・・と思われる。

 

 

 

     

          

 

 

その後、十数年も経て、同窓会に現われた慶子は、小さな女児を

連れていた。他の同級生の持つ子どもはそれぞれ中学か高校、と

いった年頃のなかで、わたしと慶子の子だけが揃って小さい、

という偶然に笑いあった。

 

「ともに家庭を持つまでの変転長き、だったわねぇ」

 

 けれど、再婚後の慶子のその頃の家庭も何か事情を抱かえて

いたようで、しばらくして出した賀状の返事に当時のご主人から、

 

「・・・慶子は子どもを連れてこの家を出ていきました」

と返事が来た。

 きちんとした筆跡で誠意は感じられた。

 

 

しかし再び、彼女の身上は<行方知れず>になってしまった。

 

半ば、自ら選んだ来し方とはいえ、この旧友の<運命>と

いったことに思いを馳せれば、しのびないものがある。

 

 

 

 

          

 

 ☆

 

 やはり級友で、涼子という友人がいる。

 涼子もまた変転のくちで、夫と別れた後、生家の近くに

アパートを借りて、娘たちと暮らしているのだが、涼子の生家

には、異父妹の千紗、という婚期のやや遅れているのがいた。

 

 過日、涼子と会うと、こんなことを話した。

 

「ちぃ、がね、結婚するの。その相手、ほら、覚えてる?

原田ナントカいったっけ、同級だった、目立たなくて

おとなしかった・・・、その原田くんの弟なの、ちぃの相手。」

 

 

 忘却の彼方へ消え去っていたはずの<名前>を、いきなり、

聞かされて、

 

ええっ~!   ひぇっ!! 

 

おもわず、心のなかで、悲鳴をあげた。

 

 

 

涼子が十数年前の<事件>など、知る由もない。

 

「その原田くんって、今、どこで何をしてるの?」

「うん、S市の近くのどこかの町でね、学校の先生、してる

らしいよ」

 

「・・・・、

ケッコン、してる?」

「ハハハ、そりゃ、してるでしょ、わたしたちと同い年

なんだからサ、」

 

 なんて妙なこと聞いてくるの?という顔で、映子は屈託なく

答えた。

 

 

 彼女に、それ以上の話題に触れることはしなかった。

 

 

 

 

          ☆

 

いつか、もし、慶子に会うようなことがあっても何も

話さないつもりだが、もはや、

居所不明の慶子とは終生会うこともなさそうである。

 

   

               ***上記作品はフイクションです

 

2013.11.15 居酒屋 佐希乃

       
    
         居酒屋・佐希乃

 

 

 表から脇へ一本入った通りに、小さな建物の並ぶ一角があった。

 そのうちの一軒、連子格子の戸を開けると、カラカラ・・と音がした。

 佐希乃 と、のれんに染め抜いてある。

 

 開口半間ほど。カウンターに椅子が六、七脚。数人入ればいっぱいに

なってしまう、こじんまりした店だ。

 

 素人出のママがひとりで切り盛りしている。目立たない店だから、

ふりの客は少ない。ママの昔馴染みか常連客か。見知らぬどうし、

カウンターで飲んでいていつのまにか言葉を交わしているようなことも

あった。

 

 店の常連に、タンちゃん、と呼ばれる二人の男客がいた。ひとりは

タンノ。長めの髪をバックに撫でつけて聡明な理論派タイプ。独身だが

デパート勤めのフィアンセがいる。

 もうひとりのタンちゃんは、タツミ。スポーツマンタイプでつい先まで

はスポーツ用品問屋に勤めていた。彼には元モデルの混血美人の
夫人と
男児がいる。こちらのタンちゃんは見掛けに寄らず繊細で
ナイーブで、
しかも短気。少々世間並みの規格からはみ出ていて、
職場がちょくちょく
変わるらしい。

 

 このふたりタンちゃんが、佐希乃の代表各的な客だ。


  この二人、気が合うらしく大体毎夜顔を出す。他に男客が一人、二人

集まると、ムツカシイ話になってくる。「・・・吉本隆明がこう言ってるんだ

・・・、しかし何だな、オレは・・・」

 こうなると、女たちはうかつに口をさし込むことは出来なくなる。

 隣席のクミコが分厚な札入れから券を数枚、取り出して見せる。

 

 「なに? それ、」

 「バケン、よ。このあいだ、ちょっと当たっちゃってね。シメシメ!なの」

 

 ・・・へぇ、クミコが競馬を始めたなんて、知らなかった!

 


 男たちがこっちを向いてきて、ムツカシイ評論からたちまち

競馬談義に変わる。ひとしきり、馬券の話。


 「・・・おもしろそうネ、わたしもいちど買ってみようかナ・・・」

 すぐ、タツミタンちゃんの声が飛んでくる。

 「ダメダメ!!  女の子が馬券なんか買っちゃ!

   ・・・・オトコを五人くらい買ってからにしな!」

 

 


   ・・・・ウン、じゃ、今から、オトコ、買ってくる・・・

 

 

 カタン、と椅子の音をさせて、そのまま外へ出てくる。

 ずんずん、歩いていく・・・。

 

 

 あわただしく追い掛けてくる影があって、大きな体ごとタンちゃんが

止めにきた。まじめにコワイ顔だ。

 

 

 その日から、タンちゃんの心がこっちに注がれてくるようになった。


 カウンターの隅に座っていると、無骨ながら何くれとなく気を配ってくる。

ブンガクの話、詩の話をした。


 帰る時は、広い通りまで送ってくる。

・・・じゃぁな、気をつけて帰れよ、まっすぐ帰るんだぞ。

電車にひかれるな。

 


 兄が妹を慈しむような間柄である。店以外で会うことはない。そんな二人

にママの厳しい目が注がれていることなど、まるで気が付いていなかった。

 

 

 しばらくタンちゃんの現れない日がつづいた。店での彼しか知らないから、

ママにたずねてみる。

 
 ・・・ママ、タンちゃんは?このごろ見ないのね、どうしたのかな・・・


 ママの返事は何故か歯切れが悪い。わざとタンノタンちゃんと取り違えたり

する。このごろのママは実にそっけないのだ。クミコや他の客には以前と

変わらないのに。

 

 

 


 数日後の昼下がり、街のなかでママとタンちゃんが連れ立って歩いて

いるのに偶然出会う。いつもは和服のママが華やかな洋服を着て、

結いあげない長い髪も初めて目にするものだ。
 あわてて、問いもしないのに
二人の口実を説明するママ。
 憮然と立ち尽くすタンちゃん・・・。

 

 その狼狽ぶりはかえって不審を募らせるものだった。

 

 

・・・ママは、タンちゃんのことを、・・・

 ・・・そう、そうだったの?・・・

 思い返せば、ママの態度はみな合点がいく。

 

 ・・・うかつ、だったと思う。


 タンちゃんを横取りするつもりなんて、ない。

つくづく うかつだった。

 

 

 

 

 

      *

 

 明日、嫁ぐという日、

店へ寄って、タンちゃんに告げた。

 

 一拍、息を呑む刻。沈んだ声で、外へ出よう、と言う。

「・・・用があるの。明日のことで忙しいし。・・・いろいろ、

ほんとに、ありがとう。 ・・・おげんきでね」

 

 タンちゃんは、手帳にペンを走らせると、ピリっと割いて、

手に握らせた。

 馬券買う話をした日のように、うしろから追い掛けてきて、肩を

抱くようにして、

 

  ・・・げんきでな。しあわせになってな。

 今度もやっぱり、コワイ顔をして、ふかい色の眼つきだった。

 

 

 手に渡された紙片には、こんな歌のようなものが書いてあった。

 

     探しなむ愛は何処と今此処に

         告げるすべなく明日は往く身か

     

 

         **上記 掌編作品はフィクションです。

 

 2012・12植物園
                                                    植物園の紅葉

 

     

           霜月の野菜畑

 

実寸大・ゾウの額(デコ)園こと・ミニミニ畑には、まだゴーヤ

の葉っぱがフエンスに絡まっている。

 数日前に最後の小さなゴーヤを収穫した。

 ナスも小さな実を付けたまま寒さに震えている。
まだピーマンもある。 

 

 まだ枯れきっていないのに取ってしまうのはしのびなくて、

いつも片付け時が遅れがちになる。

 

 冬用の野菜も各種・狭いので少しづつ植えてある。

白菜、キャベツ、サニーレタス、レッドレタス、チシャ、パセリ、

ブロッコリー、ラディシュ、水菜、菊菜、小松菜、大根、人参etc・・・、

人参はまだやっと芽が出たとこ。

大根は抜き菜を朝採り。

 

毎朝、その各種の葉っぱたちを食べる分ずつちぎって、

朝食用のサラダにする。朝だけで20種類以上ありそうだ。

 

 今のところ、わたしの身体はほぼ野菜で成り立っている笑。
 

       

  

        20131111冬野菜畑

 

 

 

        ガラケーの逆襲?

 

 なんじゃ、そりゃ!

 絶滅寸前のガラパゴス生物になぞらえた・・・、ガラケー、

古ケータイのことなんだそう。

いかにも古くさい、ダサイ、ネーミングですねぇ。

 

 巷では今、このガラケー、とやらに再評価の動きが広がって

いるんだそうな。

機能十分、簡単操作、安い料金、

 シンプルな機能の従来型を使いつづけている人も多く、

その特長を再認識し、スマホからガラケーに“回帰”する動きも

出ている、んだとか。 

 

わたしのケータイもこれです。

 スマホかデジカメか・・、一時、ブログに写真を取り込むのに、

悩んでいた。けど、とてつもなくメカ音痴にはどっちもムツカシイ、
今の腕レベルではムリ!

 

 今のところ、日常では古くさいガラケーで不便はないし。

ブログ用には不鮮明な暗いトーンの写真しか載せられないが、

ケツロンはいつもの“先延ばし” なんである。

 


        四季の森・紅葉

 

 

四季の森

 

    晩秋過ぎて立冬の候
  
木々が色付きを増してきた。

 

 

      バーベキュー大会  

 

住宅会社の招待で、広大な原っぱの一角でのバーベキュー開催

に参加してきた。

 

 明日は雨の予報のなか、薄日のさす暑くもない寒くもない、

快適な気温で、数家族が集まってバーベキューを楽しむ。

 

 家の建築を担ってくださった建設会社は、木材会社でもあり、

軸組み工法の手練でもある。

毎年夏と秋二回、顧客にこのような催しの案内状が届く。

 

わが宅はそろそろ、建って6、7年は経とうという頃で、招待は

新しい顧客に優先して頂こう・・、と近年は遠慮していたのだが、

今回、ほんとにめずらしく、ファミリー全員の都合が揃った。

 

 多忙な仕事に追われる二人のムコさんが、同時に都合のつく

機会は滅多にない貴重なチャンスなので、参加させてもらった。

 

 大人5名チビ2名、総勢7人揃って、

お肉や野菜を焼き、食べて・・・、

 

 元サッカー少年で、今も職場の電機メーカーのフットサル現役選手
ある次女のムコさんが、長女んちの一年生のチビの相手をしてくれ、
ボールを蹴ったり、
走ったり。

施設で介護の仕事をする長女のムコさんは、スタッフに手伝って

炭火の網の上に肉野菜を乗せ裏返しながら、・・・下の三歳娘の

相手もする。

 

 

 女性群は最初は 「わたし食べる人」

後半は交代して、焼きそば作りを手伝い、片付けもする。

(終始、住宅会社のスタッフさんがお世話をしてくださっている)

 
 
 最後に美味しい蜜柑のお土産まで頂き、感謝しながらお開きとなる。

 

 

 その後しばらく、広い原っぱで走り回ったりして過ごした。

 ファミリー揃って仲良く、楽しい幸せな一日を過ごせた。


      ***携帯写メ  やはり 暗いトーンで不明瞭です、ザンネン!

 


    

        竹田城跡へ

 

  行ってきました

  登ってきました

    和製・マチュピチュ!!

 

 

ブログ8・23「健さんのあなたへ」の記事にも、

ちらっと書いた竹田城跡、 行きたかったが、距離もあり、

日帰りのツアーではなかなか出遭えそうになく半ば

あきらめていた。

 

 が、偶然、その企画を見つけ、ラッキー!とばかり

申し込んだ。

 

 

    

 

  つらいときは旅に出よう

 

 旅の前夜 ほとんど眠れなかった。

 

 折りしも心配事があって、数日まんじりとせずの夜が

つづいていた。旅の早朝の集合時間に間に合うよう、

早く起きられるか、気がかりも重なって寝付けず、

夜明けに近い3時過ぎまで時計を確認している、  

2時間ほど眠ったろうか・・・

 

 心配の種のチビたちの世話に翻弄され、書きたいことがあって

もパソコンに向かう時間がない、母の所にも行けないでいる・・

 

 世の中、人生、いつ何が起きるか分からない・・・、

平凡で平安な何でもない暮らし、そんな“普通”のつづくことの

難しさよ。

 

不安な心持ちでいるさなか、のん気に旅などしていられる??

という状況であったが、 

“つらいとき旅に出よう”  と、

夜回り先生・水谷修氏も記事に書いておられる。

 

 

辛い時哀しい時こそ旅に出て、日常から離れ、心を解き放とう・・・

 じぶんに言い聞かせ出立した。

 

 

 

 

       極上の行楽日和

 

 朝の集合は駅の噴水前。 

実は今回、旅ツアーに 初・“一人参加”なんである。

 

娘たちは仕事もあるし、友人たちとのスケジュール合わせも

手間がかかる、ひとりならいつでも行きたい時に行ける。

 

とは言いながら、これまで電車などで自由な旅なら一人で

いつも行っているが、ツアーとなると時間・場所など制限もあり、

方向音痴なうえ、最近のドジ、ボケ・・

も加わったわたくし・一名様。置いてきぼりになりはしないか、

一抹の不安あり。

 

 

 集合場所には、新聞社のインパクトのある派手めな旗・のぼり

がはためいていて、懐かしかった。 分かり易い。

ツアーは新聞社系の旅行社主催だったので。

 

若い頃、友の会に所属して、スキーによく行った。

乗鞍の夏スキーもこの会から行っている。

この旗が、銀色の世界にはためいている景は忘れないでいる。

      

 

 

  

          「ぼくのふるさとです」

 

 車窓から看板が見えた。

 

―ぼくのふるさとです 五木ひろし―

 

 へぇ~、  尚も窓に向けて目をこらしていると、美浜、若狭、

の文字も目にはいってくる、福井ですね、

 

 遠方でもあり時短で昼食のお弁当は車中で。

 朝、ほとんど食べていないので完食。

  

 バスはやがて、兵庫県 丹波へ入り、
 一路 竹田へ。 

 

 

         いよいよ登り山道!

 

 先頭には添乗スタッフの若い女性がつく。

山ガールのいでたちのお二人、最後尾にもう一人の配置。  

カンペキです、頼もしい。

 

 先立ちの次についたわたしを、年配だが歩き慣れたふうな女性が

一人、二人、とつづいて追い越していかれた。

最初、わたしが先頭についたのは自信あってじゃなく、

はぐれないように・・・の不安からで、笑 

以降、三番手でついていく。

 

 

 かなりキツイ登り。岩場ではないが、急峻さと道の細さ、

石の一段を上がるごとにおもいきり足をあげないと登れない。

息があがる。  これは富士山五合目~~7合目くらいの

登りではなかろうか・・・?!  *実際に登ったことは

ございません*  あくまで見た感じ・推測デス。

 

 追い越して行った一番目の女性、ケッコウ重量のあるお体で、

幅もない急坂の途中から辛そうで、もし、コケられたら後ろの

二番三番手、ひとたまりもなく 落っこちていくわ、ヤバイ!! 

とか思いながら こちらも必死のていで、コケないよう耐えながら

ひたすら登りつづけてゆく。

 

 周りの風景に目を凝らしてる余裕なし、けど、派手な

オレンジ色のキノコ! 森の小人の国みたいなの見付けては  

可愛い~!! 愛らしい緑の丸いコケなど見付けては、奇麗~!!

おもわず声をあげながら、しんどい行程を癒されていく。

 

 

 

         はぁ~、着いたゾ~

 

 やがて見えてきた天空の世界。 

 

 遥か 石積みの城跡が扇状に拡がり、とてつもないスケール

である。どのような旧い過程を経てきたのか・・・、歴女でなくとも

興味が湧いてくる。

 

      

         山頂エリア

 

 ボランティアガイドの年配男性が現われて、ツアー客団体ご一行様

が集められる。

 

 ガイドさん、まず最初にご自分で ―うんちくが長すぎて、

どうとかこう―とか言われ、笑いを取ったけど、実際、説明が

長~~い!  長すぎる。

 

 案内説明を聞きたい人もおられるだろう、

一方で説明はパンフやネットなど各自で調べ、折角はるばる

登ってきたからには、偉大なる“景”をただ楽しみたい、

あっちこっち回り、崖っぷちに佇んでは昔の時代に想いを馳せたい・・・、  

 そう思う人もあるだろう、ここは意見の分かれるところだと思うが、

もし、“自由に散策”と“説明案内”、二つの選択が出来るのなら、

わたしは即、自由を選ぶ。

 

 現実に、ツアー群から離れ、ひとり佇んで閑かに景を味わって

おられる方もいた。わたしも、群から抜け出し、あっちの断崖へ。

おそるおそる下をのぞき、遥か 村の景を望み、走って戻り、

また離れてはあっちの高みにのぼって、あぁ~、ここに雲海が

湧きあがるのかな~、  また走って戻り・・を繰り返した・笑 

 

はぐれては困るし、“離れババ猿”みたい?な者を案じるスタッフさん

に心配をかけても・・・と思ったし。

 

 

立板に水~の説明をつづける男性案内人、聞きたいことがあっても

口を出す隙もない、ほんの僅かな息継ぎを狙い、すかさずわたしが

聞きたかった質問を投げ込んだ。  

「震災の時、この石積みは崩れなかったのですか?」

 

 「崩れませんでした。町のコンクリートのビルが倒れても、城跡の

この石は微動だにしなかった、今 その工法が見直されて・・・・、

うんちく ・・・・つづく。

 

 

 ちょっと時間の足りない、古城への思いの残るひとときではあった。

 

             

 

         下りは緩やかな道路

 

 下りのルートは車も往来する楽な道。

登りの時に先頭だった重量のある女性 *―表現に悪意はありません―

慣れた足取りで軽快に、  わたしをすぐ追い越して、

みるみる、視野から遠ざかっていった。

 

 駐車場に辿りつき、汗を拭いていたかの女性、優しそうな穏やかなお顔

である。

 駐車場の横に続く道を見て、

あれぇ、わたしたち、此処を登って行ったんですかね??

わたしの愚問に、 

いいえ 違います、登りはあちらの***からで・・・

 笑いながら答えてくださった。

 

 地図を見たら、行きは観音登山道、帰りは西登山道、

 そりゃ違うでしょ、ほんとにわたしめは”方向ド音痴”なのであった。

 

 


歩数・17407歩 *有酸素歩数8115歩 (この差は

 多分、大股で登ったりする山道ゆえか)

歩行時間 1時間11分

歩いた距離 10、4㌔

消費カロリー 272Kcal

 

 

       無事 帰着。

 

 心に残る旅路でした。

 スタッフさん、お世話になりました。

 有難うございました!!

 

 

*** 古い型の携帯で撮った写真、見られるかどうか、
ちゃんとブログに取り込めるかどうか、



うまくいかなかったらスミマセンです。

                   天空の城