spirit・stone

 

 

 石が好きである。

 旅先では、観光用の土産物にはあまり目もくれず、

その土地にある石を探したりする。渓流や滝のまわり、

山道の途中や海岸など歩きながら、ついつい石に目が

留まる。

 数個、気に入った石を見つけ、スミマセン頂きます・・・

と唱えてから拾ってくる。あまり大きいものだったり

拾い過ぎたりすると、荷が重くなるので自重はしている。

 それらは庭先の草花の脇やその辺に無造作に置かれて

いる。磨いて床の間に飾ったり玄関に置いたりは、しない。

 

      ☆

 

 家の近くにある「山」は雑木の林であり森であり、

わたしの散歩コースである。頂上付近、森閑と立つ樹木の

あいだに、巨(おお)きな石が鎮座している。ふたつ並ぶ

ように。 堅い深遠な意思のかたちで。

 付近には古墳も多く、神社もある。

 

 落葉降り、霜つき雪積もり、木漏れ日さす朝も、すべての

木が眠る闇の夜も。

 時代が替わり人が変わり、何百年何千年、苔むし古代色

になり、そうして、石は石のままでそこに座している。

 ときおり落葉の山路を行き、巨きな石によじ登って森の音

に耳を傾ける。

 

 こまごまと日頃の重荷を背負って、下界ではたくさんの

捨てきれないものに囲まれ引き摺られている。

息苦しく忙しく生きているのは半ばじぶんの意思である。

石にはなれない。

 

 いっとき、巨きな石の上で、呼吸(いき)を鎮(しず)め

森に降り積もった太古からの鼓動に聴き入り、ちいさな石に

なったつもりになる。

 

 

     ☆ 

 

 家人をなくした年、長女夫妻が、行きたい処ある? と

いうので「鳳来寺山へ」と答えた。

春から新緑にかけてのことである。

 

 車を降り少し歩いたあと、仰ぎ見ると、緑の樹木の

切れた先に白い磐が天に屹立しているようだった。

 喘ぎながら石段を登ること数時間、杜をさらに上へ。

木陰のさやかな風を浴びながら、鶯のこえも聞こえると

いう険しい山道を縫い、ついに白い磐の頂きに着いた。

見遙かす天は極上に晴れわたっていた。遠く霞む山々の

向こうも天である。

 

 ここでお茶を飲もう。いってしまったひとにも水筒の

お茶をそそいだ。

 

 天の向こうには?  なにがある?

 

 あやうい磐のうえで、小さな点になって蹲っている

わたしに、天は広大すぎあまりに蒼すぎて、なにも

こたえてはくれない。

 

 一休みしてもういちど見下ろすと、あまりの高さに

震えて眩暈がしてきた。

 家族が減って増えて、帳尻は合うのか合わないのか、

ひとの世のほんのひと齣、霊山の磐を登り温泉にも浸かり、

春の風にさらされ、活(い)きてかえってきたのだった。

 

 

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