丘の上の小さな美術館


空を背景に
丸みを帯びた大地の裾から 日が昇り
じゃがいも畑を照らし
やがて オレンジに染まった陽が
ふたたび 丘の裾に沈んでいく

広大なパノラマを前面に
丸太を組み上げて造った
素朴ですこし古びた手造りの 小さな美術館

シバ混じりの温厚な犬が
表の入り口で番をする
館主が在宅のとき まれな来客のとき
犬のブーナも一緒に館内の隅でくつろぐ
手塗りの壁に 小さな額の絵が掛かり
絵葉書 小物入れ 焼き物
すべて手造りのそれらが つつましく
しかし たしかな存在で木の棚に並ぶ 伴侶をとつぜん喪くした
そのひとは 茫然自失の果てに
生き方を変えることにした という
深い雪に埋まり困難をきわめる冬も



そこでひとり ブーナと過ごす
 
寂しくないですか
慣れましたか

いつもの問いかけへの答えは
まだ みつかっていない
が 寂しさと孤独の違いは会得したように
思える

これまで
持ったことのなかったフライパンを操り
窯でパンを焼き
*「カンパネルラのパン」と名付ける
手にしたことのなかったクレヨンを持ち
丘の風景を描き 棚に置く

白髪の混じったそのひとは すこし
さびしい笑顔で言った

「ここの風景はやさしい・・・んです」






 

  行きあたりばったり・・旅の跡

長女とはよく連れ立って、
“ゆきあたりばっタビ”の自由な旅をした。

それぞれの勤務先の有休をフル利用して
旅コンダクターの友人に、ざっくり
宿とと交通の手配だけ頼んで、あとは
成り行き任せ。。。

北海道の前にも、岩手盛岡・賢治の故郷
を訪ねたり、
信州、
遠野行き、
熊野古道、
修善寺・・・など
実にあちこち歩き回ったりした。



今では信じ難いのだが、

長女との、どの旅も、
殆ど写真を撮っていない、
撮った記憶がない、

なので、写真が無い、

長女は携帯も持っていたし、
わたしも小さな“カンタンカメラ”は
持っていた・・ハズなのだが。


写真が残っていない代わりに、“詩作品”
は書いている。
そして、歩いた見た・・の風景は
心のなかに、しっかり
刻まれて残っている。


   


      美瑛の小さな美術館と主

美瑛に辿り着くと、そこからは何も情報が
ない、

「丘の上の小さな美術館」を訪ねる旅は
わたしの希望だった。

住所は控えてきたものの、だだっ広いそこでは
なんの役にも立たない。

駅の案内所で聞いたかして、
娘が携帯で電話をすると、
館主は目下療養中で、休館している
とのことだった。


落胆するわたし・・・

すると、気配を察したらしい館主が
再連絡をしてくれ、

“今から車で迎えに行きます”


待つこと暫し、やがて、パジェロを駆って
館主が駅まで迎えに来てくださった。


診療から帰ったばかりだという。
病身をおして、
縁もゆかりもないわたしたち母娘を乗せて、
パジェロは美瑛の広大な緑の大地を遠回りまでし、
案内がてら運んで頂いたのである。


  

   木の香のする、森の館のような

門番代わりの、シバ犬が居た。
温順で賢そうで、遠慮がちに尻尾をふる。

こじんまりした館内には
木彫りの作品が置かれていたり、
娘さんが描かれるというスケッチなど
販売用の作品が貼られていた。


館の隣家は、数キロ先にあるのだという。

野の原に一軒だけ。
冬にはすべてが雪に埋もれる、そこで

伴侶の夫人を亡くされた後、
ひとりで暮らしているのだと、
いう。


さびしくないですか?


至極、凡庸なる質問に、
館主は、こころなし寂しげに笑った。


身体を壊されているようで、
一時、娘さんの居る東京に戻られる・・
というようなことも、
ちらほら、
話された。



   
   富良野・釧路・札幌へ

母娘の気ままな旅はつづいた。

富良野ではレンタカーを借りて、わたしが
運転した。
母娘とも方向音痴、地理不案内の、
見知らぬ旅の地をどうにか走らせ、
あちこち寄ってまわった。

“気球”にも初トライ。
ボオォッ! バルーンの下?に火がついて、
ふわり、 空中に浮かんだ。

格安料金のせいか、丘の原っぱの上方周辺を、
ふわり、ふわり、しただけ(笑)



若き頃の“放浪の旅”の折り、
寄れなかった釧路にも立ち寄った。

早朝に起きて、運河沿いを歩きながら、
映画の舞台にでも出てくるような
風情のある景を堪能した。



娘の“青年奉仕”時代の仲間にも会った。

案内された鮨店で、
カウンターに、握られた鮨が置かれる。

魚介類の苦手なわたしが、出される鮨を次々、
全部平らげた。
鮮やかなネタはことごとく、“海の匂い”がした。
今でも忘れられない味。


放浪の旅の後に、
スキーの板かついで、飛行機で手稲オリンピア
やニセコ、藻岩などに来ており、

札幌の街にはあちこち、記憶が残っていて、
歩きながら、懐かしかった。



ゆきあたりばっ旅では、
実にたくさんのハプニングにも見舞われ、
そしていろんな出遭いもあった。


帰る頃に台風に見舞われ、
飛行機が飛ばず乗れなかった・・(笑)


最初から最後まで波乱に富んだ
母娘の“とんだぶっ飛びタビ”であった。



***
「丘の上の美術館」館主T氏とは
しばらくは音信を交わしていたが、いつか
途絶え・・・、
その後の詳細などは分かりません




****以下・写真がないので
絵葉書より



815丘の上の美術館
絵葉書美瑛

815丘の美術館葉書DSCF0254 

美瑛丘の美術館DSCF0260


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