忍びて終わり・・・

   達人達・スイッチインタビュー

いささか遅くなってしまったが、
12月TV・NHK
「命がけの荒行 千日回峰行達成の塩沼亮潤僧侶
と 探検家角幡唯介」との対談放映より。


北極の氷原をたったひとり、重いソリで進んで行く
という探検家は朝黒く日に焼け、削ぎきった体躯と風貌。
―なぜ何ゆえ冒険をつづけるのかー
己自身に問いかけるという

角幡は 氷原の稜線のごとくシャープかつ、
一瞬の脆さもをはらみ・・・。


一方、塩沼僧侶は過酷な行の途上で倒れ臨死体験も
滲ませるほどの荒行を成し了え、
―自分の体が朽ち果てあの世に帰るだけー
悟りの境地に座す・・・ごとく

穏やかな慈悲の面(おもて)でしかし時折り、眼光の
鋭い深さをも垣間見せる・・・。



命の極限に立つた、或いは立つものどうし・・
“生死の意味” “心を正す極意”
が双方を往き合う・・・という妙味ある対談内容で
あった。


  

      千日回峰

塩沼が僧侶を志すきっかけになったのが、
小学生の頃に見た酒井雄哉僧侶の千日回峰行の
様子を撮ったTV放送だったという。

この荒行の様子を見て、
“自分もこの行をやりたい・・・との感情が湧いた”
のだと。

“後から思えば回峰行者になることが私の定めだった
のでしょう”



わたしもこの時の放送を見ている。  



     酒井雄哉僧の履歴

海軍入隊、ラーメン屋、そば屋の店員、セールスマン、
妻の自殺、
・・・により39歳で得度。

前半生は巷に溢れた市井人のど真ん中を行くように
生きてきたこの小柄なひとが、比叡山中の荒行・
千日回峰行をするのである。


ちんまり座して飄々と喋り方もぼそぼそ小さな声。
どこに、あの険しい山中を飛ぶごとく、にんげんと
は思えない(失礼ながら、小天狗か?・・というような)
速さで熊笹繁り枝木が横たわる山道を崖を上がり下りす
る強靭さを秘めているのか・・・。



 
     「最期の手記」
        死の4日前 健さん心境

達人対談を見、酒井雄哉行者に関して思い出して
いた時、


亡くなった俳優・高倉健さんが遺した「最期の手記」

「往く道は精進にして、忍びて終わり、悔いなし」

という比叡山“大阿闍梨”故酒井雄哉さんから
贈られた言葉で終わっており、死を前にした静かな
心境が伝わってくる。


そんな記事が出て、
酒井阿闍梨がらみの連鎖を感じ、以前関連書を
読んで自分の“読書ノート”に記したのを思い出した。

古いノートを数冊か繰って探すも、どうしても
見当たらない、
なんせ現存のノートだけでも十数冊、百ページずつ
ぎっしり、筆跡も色褪せ判読できない…箇所もあって、
探しあてるのも容易ではない。


あきらめていたのだが、四国お遍路関連の頁を探して
いたら、偶然、酒井阿闍梨・・・が見付かった。


  
      
     生き仏になった落ちこぼれ

「・・・三日すぎて四日目ごろから死のにおいがして
きたっていうね、。そのうちに点々と死斑があらわれて
きたのがわかった。しかしお経を唱えるのが大変なの。
量が多くて。だから睡魔などは入りこむすきはなく、
かえって感覚は異様に冴えわたってくる。
自分の体内からすべてよごれたものが浄化されて、
体全体が透明になっていくというか、そんな感じだね。
そりゃ実際は朦朧としているんだろうけども、線香の灰
がゆっくりと落ちて、それが粉々にくだけるさまが、
まるでスローモーションのようにはっきり見えて、
そのくだける音まで聞こえるんだ」



  
       忍びて終わり

小柄でぼそぼそ話した酒井大阿闍梨が健さんに
贈った・・・仏の教えの言葉

なんという美しい響きであろう・・・



***文中 敬称略
参考文献・著者長尾三郎 講談社
「酒井雄哉阿闍梨の二千日回峰行」

***阿闍梨とはサンスクリット語で「弟子を導く高僧」
という意味で、千日回峰行者に与えられる尊称である。

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