いつまで続く余震

終息の見えないこのたびの震災、長引く避難生活、

狭い車のなかで過ごすことの辛さ、危険な弊害が
出ている。

その地から脱出、頼れる先の無いひとたちは
どうすればいいんだろう・・・、

空き家の多い団地とかアパートとか、 
受け入れ体制を整えたうえで、一時的な移転にせよ、
希望者があれば斡旋するとか、、、

学齢期の子どもや老齢者の居る家族での転居は
ムツカシイ・・問題もあるかもしれないが。


自治体での管理がムリなら 国政が本腰入れて
策を練るべきではないか・・・、

非常事態、この折り、オリンピックの準備費用などでも
回すべきではなかろうか、

オリンピックも大事かもしれないが、 現実 殆ど
関心のない向きもある、 それどころじゃない民が
現実に居る、

大層なハコ物や 何かの開発や 議員さん誤魔化し収入
や なんだか よく分からない使い方される税金をこんな時
にこそ 優先、有効に使ってほしい。


民が納めた税金で、 (困窮する)民に用立てる、
それが筋ってもんです、


自治体も行政も、、緊急・対策が滞っている
ようで、、、 

報道で知るかぎりではあるが、
政府も 対策への本気さの実感が無い。 じれったい。


     
    

   話 変わります

    4ヶ月の赤子のママがダウン、、、

次女が体調を崩した。 車で3~40分の距離であるが、
わたしは目を悪くしてるし、 端っこの此処から
通行の多いバイパスを突っ走り、繁華街に向かう、、、
おまけに 駐車する場処も無い、、、次女んちのマンション
まで  車で行ったことがないのだ、

普段行くときは 電車を利用している、

・・・こんな時は じぶんの頼りなさが 身に沁みる。


娘は、ふらつく身で赤子を乗せ、病院へ走ったようだ。



点滴は ベッドの横へ赤子を寝かせて、なんとか
しのげた 由。

実家に近い病院を選んできたので、そのあとは
ばーばが世話をする。

赤子にミルクを飲ませ、オムツを替え・・・、
娘にお粥をこしらえ・・・、


勤務帰りに おムコさんにこちらまで来てもらい、
夜 ふたたび病院で点滴する次女を車で運んで
置いてきて。

ここで夕飯を。 用意しておいた肉団子や野菜や、
鯵のムニエルなど、夕飯を食べてもらい。。。


点滴を終えた知らせを受け、 (-_-)゜zzz…の赤子
(起こしてしまって泣き出すMくん、)を乗せて 病院へ
回って、  
帰宅する。。。


小さな子のいる家で  母親が倒れたら  万事休す、
であります。  役立たずの親でも、こうして 
多少でも助けられる・・・ってのは有り難いことだと思う。


明日 様子を見て、 電車で  応援に参りましょう、
イソガシイです、ハイ。




    命日

19日 夫の命日。

七回忌に 家族のみで ささやかな 偲ぶ集まり
をして それ以降は  特に 何もしていない。


   
   あの日の手術を軸にして

すべてが急降下した。 
手術により、動脈から、血栓が脳に飛んだ。
数日意識が戻らぬまま。

脳幹を損傷し、その後、幾多の障害を残す身体となる。


泣いてる暇もなく、医学書やネットを駆使して調べ、
医師会にも相談し・・・、


が、 夫は もはや元通りにはなってくれない、
刻々、深刻な状況に落ち、衰弱していくばかり
だった。

非力、無力感で潰れそうな日々。 
夜 床のなかで七転八倒した。

数日、数ヶ月のうちの 激変、その落差が
耐えられない、認められない、 
・・・が、本人の苦しみこそ  想像を超えてしまう、

つらかった。

 


   病人は最後まで誰も恨まず・・・

幻覚で暴れたりした一時期を のぞいて、
夫はだれも 恨むことなく、愚痴も言わず、
(”その時”が近付くころは弱音をぽろっと吐いたが・・・)
それ以外は終始 穏やかだったと思う。

(病院側は 手術後、一ヶ月も経たぬうちに、執刀した医師、
担当医、 院長まで替わって居なくなってしまった・
灰色の政治がらみで騒動になった一族経営の病院のこと、
患者の家族が どう あがいたところで 阻止に掛かった
ことであろう・・・)
 

夫倒れ、逝ったあと、しばらくは、詮無いと承知ながら、
悔いと自責が心に渦巻いた。


検査などしなかったら、
手術などしなかったら、
別の病院だったら、
・・・、
血の涙が逆流する思いもした。



    
    
   後年 元外科医による

こんな文を読んだ。


 ***
 ・・・外科手術は外科医が行う。
ひとが行うことに完全はないから、外科医は確実な
結果を約束しない、
約束できることは、害するようなことはしないことと、
誠心誠意、尽力することである。
 結果はすべて手術を受ける側が引き受ける、
それによって人生がどう変わろうと、自分が決めた
ことだ。 ー以下 略ー

   *国立長寿医療研究センター 総長 大島伸一氏
   *2011/8/26中日新聞記事より抜粋

 *この記事を読んで、
夫は天性の質で、意識せずともこの考えの神髄を通した
ひとだったと あらためて思ったことだった。

 *そしてわたしは 
じぶんの至らなかったこと、尽くせなかったこと、悔、
ひとり残って今も生きてることの後ろめたさ・・・、
その他、 もろもろすべて、 

を、 この残余の先ずっと、 背負っていくつもりでいる。
その 負い目の”負”が  生きる糧ともなっている。
 


   19日命日DSCF3421 

   DSCF3425.jpg 19日撮影 

  
      
                             
***上記・
コマ切れの時間を塗って、少しずつ 書き溜め、
20日の深夜 ブログ記事にしたものです。

               
                        

     
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