2013.08.06 老いても働く

 

    なつさんの“仕事”

 

 

 目覚めて、床のなかから柱時計を見あげると、丁度

四時だった。

 

 いつもはそれより十数分前に起きて、四時には出掛ける

日課だ。今朝は少し寝過してしまった。あわてて起きて

身支度する。

 

 

外は まだ暗い。 星が点々と 冴えている。

 

 

 佐藤なつの自宅から歩いて、 十数分のところに、

そのビルはある。

 七十歳半ばのなつは、毎朝、ビルの掃除の仕事に通っている。

つれあいは以前に病没し、こどもたちは家庭をなして家を出て

いった。家族がいた長い間、着物の仕立てをして家計を助け、

近所の人たちから、“馬車ぐるまみたい・・・”と言われる位

クルクル働いてきた。

 

 

残された古家でひとり、年金暮らしの身である。働かない

でも、つつましく暮らしていけないことはないが、まだ

どうにか達者な躰である。

綺麗好きでこまめな なつに、世話をしてくれる人がいて、

数年前から、小さな会社の清掃係として働くようになった。

 

 

始業前の一、二時間ほど、ビルの内外を掃いて雑巾掛け

をし、ごみや灰皿の中の始末をするのが仕事である。

 

なにも朝の暗いうちから 起きて出掛けることもないのだが、

なつは、近隣の目を気にするのである。周囲に、こんな年で

働きに出ている人はいない。年は取っても、見栄というものが

ある。

誰にも気付かれない早朝のうちに勤めあげてしまおう・・・

 

 ・・・それに、朝早く起きて体を動かすのは、気持ちがいい。

 

 という、なつなりの 考えである。

 

 

 

 暗いが、通い慣れた道を歩いていく。

大通りにある役所の建物が見えてくると、もうすぐだ。

その先の角を曲がった裏通りにビルはある。

 

 と、不意に、耳をつんざく爆音、ヘッドライトが疾風の

ように迫ったきた。オートバイだ。それも一台や二台ではない、

後から後から、狂ったように連なってくる。暴走族だ。

 

 

 国道一号線の走るこの辺りは、暴走族の深夜の恰好の

遊び場なのだ。

 先頭を切ったバイクは、人けのない道に、なつの姿を

見止めると、からかうように遊ぶようにすぐ脇をすり抜けて

いく。なつは恐怖が足がすくみ、その場にへなへなと

しゃがみこんでしまった。

 

 老婆のまわりをグルグル回るバイクの群れ、

ひとしきり騒ぐと、リーダーらしい少年の合図で国道へと

走り去っていった。どの子もまだ童顔であるようだった。

 

 

 

 

無事に過ぎた。

 

 ふぅ~~、 なつは息を吐くと、気を取り直し、

先のビルに急いだ。

 

 三階から順に階下へ掃除を済ませ、事務所で雑巾をしごき
ながら、ふと、壁の時計を見ると、午前一時半をさしている。

 

   
   ・・・・・あれ?!

家で目覚めた時、長短の針を逆に見間違えたのである。

 

 しばらく事態が呑み込めず、ぼんやりする なつ。

 

 

 ・・・・・ まだ、真夜中だったんだねぇ、

 

 

道理で、朝方のこれまで、オートバイの群れなんかと出遭う

ことなんかなかったもの・・・

 

 いつものように、仕事をひと通り仕終えると、

曲りかけた腰を、後ろ手でたたきたたき、家路に着く。

 

 

 ・・・・・やれやれ、 まだ ボケたくはないねぇ。

なつは、寝間着に着替えると、もう一度布団に潜りこんだ。

 

 

 そとは まだ   暗い。

 

いちめん の  星。

 

 

 

 

 

   この夏・猛暑と洪水と

 

 

 異常に蒸し暑かったり、降りに降って洪水寸前だったり、

ほんにまぁ、老いたもんには耐へがたき夏ではある。はぁ~、

 

 

 少なくとも週に一回は、母の居る施設にいくことにしている、

いや、いた、  ・・・・と、今夏にかぎり、過去形になって

しまっている。  射すような光の中を外出する勇気がない。

 

 

 昨年までは、仕事も忙しいなか、どんなに暑かろうと、

午後を大分まわってからにする日も多かったにせよ・・・、

 週に一度は 母の顔を見に出掛けた。

 

 電車と地下鉄を乗り継いで、歩く時間も入れたら、往復

三時間余はかかる 道のりである。

 

 夏の盛りのころは、 午後であってもまだ、日はさんさんと

射し、そのなかを よろよろ・・と歩をすすめ、なにぶん暑さに

超・弱い体質である、 冬生まれっす。寒さには強い、いや、

強かった・・・これも たぶんに過去形になりつつある

老いるということは こういうことなのだ、これまで

出来たこと平気だったことが、じょじょに出来なくなる、  

という、 ま いっか、  

それは だれしもそうなんだから、

ぐちぐち 言ったとこで しょうもあらへん!!

 

 で、 地下鉄を降りてから、母のお世話になっている

施設へは 歩いて10~15分は掛かる。わたしの家から

最寄り駅までも 10~15分は掛かる。暑い季節なら歩く

のは何の苦もない、15分どころか、気が向くとあちこち

寄り道や回り道したりするくらいで。

 

 

それが夏場となると、駅から百m先の農協にすら歩くのが

ツライ、   で、 余談ですが、買い物もロクにせず、  

庭の虫くい野菜か、冷蔵庫に買いだめの豆腐か・・・の

メニューばっか、になる。

 

 話、戻して、

 ・・・ふらふら、母の居室に入るやいなや、

バッタリ! ドタン!!  倒れる。

 

 熱中症・予備軍、ぎりぎり状態なんでしょうね、

 

 倒れこんだ中年過ぎの娘(・・わたしのことです)

を 96歳の(今年の春 97になりました)母が 団扇で

あおいだりして看病する。

 

  

 そんな慣例を ことしはサボッてしまっている。

おそらく、今夏は予備軍ではなくて、本格・熱中症に掛かって

しまうだろう、   わたしも、はや、中年過ぎ、

老年になりかけている身である。

 

 施設で倒れて、救急車のお世話になったり、母や

スタッフさんに迷惑かけてしまうのも困る。

 

 

 これ、なかば、言い訳がましい・・・、笑

はぁ~~、今日も 暑い!

 

 
***上記の 「なつさんの仕事」は かっての 母の実話
 にもとづいた掌編をさらにまとめ直した。

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