2013.08.07 母の生き方
     母は元気!


 昨日、なつさんの仕事・記事をブログに書いたあと、重い腰をあげて、母に会いに
出掛けた。

 
 ディルームで椅子に座ってテレビを見るでもなく、何するでもなく・・・・、 わたしの顔を
見るとニッコリ 
 
 

 
 いつ見ても、ちゃんと膝を揃えて、ちんまり座ってるなつさん、35、6キロ位
しかない小柄なカワイイおばあちゃん・・・である。
 スタッフさんにもよくお世話して頂いてて、感謝している。

 
 母の小さな手をにぎり、(施設に入るまでは、節くれだったごつごつの仕事の
手だった)
 
   じゃ、また来るね!
 

   おおきに、気をつけて帰るんだよ・・・
 


 暑いなか、片道1時間余掛かって、交通費も掛かって、 またすぐ折り返し帰る・・
だけの、さして用事もない訪問、だけど、  変わらず元気で、やさしい笑顔が見られ、  
ほっ! 安堵して嬉しくて、 帰るときの わたしの足取りは軽い。笑


     
    
     ひとり暮らす


 母は、父亡きあと、90歳過ぎるまで、独りで古家を守り、暮らした。
仲良しのご近所さんたちが、 「ねぇさまぁ、いりゃ~すか~?」  と、よく家に
訪ねてきた。
 土仕事が好きで、植え込みに花が絶えず、またあちこち、お寺参りや神社へ
出掛けたり。
 ひとりでも 日々それなりに楽しんで暮らしているようだった。 


 じょじょに、まわりの仲間が一人減り、二人減りして、次第に、だれも訪ねてこなく
なり、母の身辺が淋しくなっていく・・・
 草花が枯れ、部屋のそこかしこ、うっすら埃がたまり、冷蔵庫には同じ食材が
ぎっしり詰まっている・・・ その頃、すでに80歳後半になっていただろうか・・・。

 仕事を勤めながら病身の連れ合いの介護もしていた長女が、母の家から車で
十数分の所に住んでいて、時々、母の様子を見に寄っていた。

 
     ついに母倒る

 
 その姉が定年過ぎて、長く勤めていた仕事を辞めると、母のからだは急速に
弱って、どっと寝込むようになってしまった。 長姉を頼りにしていたから、安心
して気が緩んだのだ、と思う。
 脊柱管狭窄症、というややこしい重い関節痛の病名を受け、入院ともなり、 
揚句、もう年齢的にも完治はありません、とドクターから匙を投げられもし、
家に戻って寝たきり、になってしまった。
 
  


 

      再生
    
 来る日も来る日も寝込んだままで、わたしたち姉妹三人、可能なかぎり交代で、
実家に泊まりこみ、看病したのだった。  覚悟もした。

 
 
 しかし、 母は奇跡的に 蘇った。 起こして、車椅子で散歩に連れ出し、次は
杖で歩くようになり、そのうち、杖も嫌がり、支え無しで、じぶんで歩くようになった。

 
 
 けど、さすがにひとり暮らしは無理になった。91歳を越えていた。
母も交えて、話し合い、最初は  家がいい、どこも行きたくない・・
と言っていた母が、最終的には  すんなり  施設に入居してくれ、今に至って
いる。
 ひとり暮らしはもうできない、娘たちに迷惑もかけまい、・・・との、老いたひとの
観念の意思であったと思う。  
 実家に近い、下町の雰囲気の似た場所に新設の”老人ホーム”である。



      シンプルに生きる


 母の家には、娘三人が里帰りした時、持たせようと いろんな物を買い込み、
引出しや棚のなかは物が溢れかえっていた、衣類も布団類も 捨てられない
世代で、溜めて溜めて、 離れもあり、家ぜんたいがモノで溢れ、ふくらんでいた。

 それらすべてを置いて、 母は殆ど、身ひとつで施設に移っていった。


 他の入居者の部屋に比べても、母の持ち物は極端に少ない。
 
 買い換えた小さな仏壇と、数枚の衣類、着替え・・だけ。

 最近、長姉が 小さな仏壇も引き取っていって、今は父の位牌があるのみ。
花の水も替えなくなった・・ と、 姉からは 生花も持ってこないように・・
禁じられている。
衣類も何も持ちこんでこないように・・・とも。
 
 
 (上の姉は、母が残していった荷物や家具などの始末を、一存で単独で
片付けたのだ。
 妹たちはほとんど役に立っていない、  大変だったと思う。)


 

 シンプルなまっすぐな暮らし。
 母らしい、お仕舞いに向かっての、生き方。



     深秋や 生家壊され 消へゆけり

 一昨年の秋、母の家は無くなった。母には知らせていない。




 
     寺の持ち物って??

 ”白鳥山” はくちょうさん  とわたしたちの呼ぶ 古墳の敷地内だか横だか
に寺がある。

 その寺には 中学のわたしの一、二年、後輩が当代住職になっている。
先代の頃には 傾きかけ破れ寺であった、 が、  北の湖の所属する相撲部屋
が 巡業のあいだの宿先に 寺を借りるようになった頃から 持ち直して羽振りが
良くなりだした。

 あちこちの土地を撤収?し、駐車場に替えていった。
 我が家の生家も   寺の当主に   もともと寺のモノだから・・・と引き取られる
ことなったのだ。近隣には、 先代の傾きかけた時代に請われて、寺から土地を
買い取った家もあった。 うちの父にはその力が無く、 買えるようになった時に
は当代に代わっていて、取得を 頑強に拒否されて叶わなかった。

 
 かくて、建っている我が家の下の  土地は撤収となったのだった。


 お寺さん、  仏教って、 なにものも持たず・・・ではなかったですか?

 もともと お寺のもん・・・って、あちこち 住んでる者もいる家の土地を
サラにして、駐車場にする・・・いかにも  やりて坊さん やすな。

 寺の継続も困難な時代になり、大変なのは想像できるが、
町内の回覧で 檀家でもない家から寄付を募ってる・・・と困ってるひとの
投稿文も新聞に載っていた。

 大手メーカーも、バンクでさえ、潰れ、合併されたりする時代です、
こんな現世に  昔ながらの慣習とやらで、寄付で募って、お寺を維持して
いく・・・それも税金・免税措置の法に守られて・・・でもって。
時代オクレ    と言っては   罰あたり  なんですかね!!

 
 
 
 
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