第四章

 

 

        再会

 

 世田谷からカズコが、木更津からシイが、同窓会会場へ

やってきた。三人が会うのは数十年ぶりである。

 

 会えば、たちまちあの頃に三人に戻って・・・、

他の同級生のどの顔も懐かしく・・・、

 料理を楽しんでる余裕もないくらいに、あちこちの顔を

確かめあい、喋り、笑い・・・、

 

 二次会にも繰りこんで、飲んで騒いで笑って話して・・・、

またたくまに、“ゆめのような一日”は終わってしまった。

 

 

 

翌日、三人の他に同窓会に欠席したリョウコも呼んで、

シイのお兄さんのマンションの一室を借り、集まった。

 

 前日の同窓会には、子守りは夫が引き受けてくれ、精一杯

お洒落して、奇麗な、まだパリパリッ!の独身みたいな

(・・・つもり)になって出席した。

 翌日、夫は仕事に出、  

五歳の長女の手を引き、生後半年の赤子をおんぶ帯で背負って

行った・・・元ヤンチャ女子のわたしの恰好を見て、他の三人の

元女子の、  笑うこと笑うこと、

アッハハハハ~、 キャ、ア~ハハハハ~~・・・!!

 

 ナニよ、 ナンやねん、  ハハオヤ やねん~!(怒)

 

 

     

 

 一冊の「詩集」

 

 一回目の同窓会に、かきつばたの女王ことT女史が出席

していたかどうかは 分からない。

中三時代、Tの居る一階のA組とわたしの居た二階のE組

の教室は遠く離れていた、

卒業して数十年後の同窓会のホテルフロアでも、組ごとに

分けられたテーブルの席は、遠かったのである。

 

 正直、その時も、Tは“過去の人”にすぎず、特に

思い出すこともなかった。

 

 

 

 同窓会では、最後の生徒会長だったコウ君とも再会できた。

 

あの学年のクラス分けって、ちょっとおかしくない?

AとBに優秀な生徒かき集めてさ、CからこっちFまでは

残ったのをテキトーに分けた、みたいに・・・になってない??

 事実、番長級の子も、手の焼ける不良っぽいのも、ほとんど、

C組以降の組の子である(・・・ようだった)

 

長年の疑問を、コウ君に言うと、、

 

ない、ない、   それはない・・!

 

 笑って、即座に答えた元生徒会長は  B組である。

 

 陸上部で気骨もあったコウ君は、周りの声援も多く
望んだわけではない生徒会長に推され、旧い校風に革新の

旋風を巻き起こした 型破りなヒーロー、だった。

 

重責ある会長役の活躍の裏で、ほんとうの自分との葛藤も

あったのではないだろうか・・、もともとはシャイでアウトロー

でもあったコウ君、

知人の詩集を、元文学少女に、持ってきてくれた。

 

北多浦 敏氏  「涙の切れた港から舟を出す」

その詩集は今も書棚に収まっている。

 

 

 

 

        リベンジ・・・

 

二回目の同窓会にも出席している。

 

  A組の集まるテーブルを通り、T女史の姿を見た。

  その時、自分でもおもいがけず、Tに近付き挨拶をした。

  

 

お久しぶり~、 

さりげない挨拶のあとで、Tに向かって、

 

同じクラスだった時にね、ちょっとツライ目に遭わされて・・、

 

と、つづける間もなく、横に居たオバサンが、強い口調で、

 

ちょっとぉ、そんな昔の話、持ちだされても・・・、

 

 

そこにもまだ“取り巻き”? が 居たのだ、

Tの表情も 険悪になっていた、 あの時とおんなじ顔・・・、 

 

 お酒の席でおとなげないことになっても・・・、

とりとめない話題に戻し、その場は退いてきた。

 

 

 

以降、同窓会に出席するのはやめてしまった。

仕事に復帰して、忙しかったりしたし。

 旧友たちからどんなに誘われても、出ることはなかった。

 

 元文学少女のナミが藤沢から来て、会いたい!というので、

二次会の場所へは行ったことがある、同窓会には初参加という

もうひとり、イッ君も居た。

 重い病気をして回復したのだというナミを、イッ君と一緒に

夜の新幹線の駅まで送っていった。

 

 また、数年後、木更津から同窓会に来たシイがわたしの家

に泊まる、というので、二次会だか三次会だかのバーで

酔っぱらっている彼女を迎えに行ったこともある。

 が、同窓会には出なかった。

 

 

 

 

          心の区切り

 

 それから、歳月は茫々 ただ過ぎ去っていった・・・。

 

 “アラ環”も過ぎ、長く勤めた銀行も卒業リタイアした、

 とりあえずは  自由の身上になった・・・、

 

 ぼちぼち、林住期から遊行期かなぁ~、

 

 

そんな時、 再び、同窓会案内が舞い込んできた。

ふと、出席する気分になった。

(その年は、子どもが生まれるまで勤めたコンピューター社の

OB会にも出席している。)

 

 

 数十年ぶりの中学校同窓会、だれもみな シワ、白髪、メタボ

(もいる)、相応に老いて、誰が誰なんだか分からなくなっている

顔もあった。

 

ホテル・フロアのバイキング形式の料理を取りに行った、

そこで、T女子に出遭った。

 

 いくらか老けて見え、でも 穏やかな印象に戻っていた。

 

 

 立ったまま、少し話をした、小学校時代のK子ちゃんの

その後のこととか、実家のこととか。 そして、淡々と席に

戻った。

 

 

 

 

数日後、わたしは、東京在のTに宛てて、手紙を書いた。

昔、あった投書事件のこと、真実のこと、その後のこと、

それらを 誠意をもって、綴った。

 

 ・・・この手紙を書くことで、自身の心の区切りをつける旨も

書き添えた。

 

 

 

 

返事 は   ない。

 

 

 

 

 

         終 章

 

        

 

忘却の行方

 

それから二年後、再び、早めの同窓会案内が来た。

 

○○中学物語りを書き始めた矢先の案内で、そのタイミングに

驚いた・・・ことは序章で書いた。

 前回の出席で最後にしよう・・と決めていたのに、

今回の会場の、地元では名の知れた老舗料亭の「GG園」名前を見て、

また迷いだしている 笑。

(結局、欠席の返事を出した)

 

 

 かって、友から傷つけられた・・・ことは、 

自分では忘れた、記憶にない、  

イジメを受けたとか、そんな意識もなく、

それほど、深刻なダメージは知らず過ごしてこられた

人生だった、

  

 事実、活溌に動きまわっていた時代には、思い出すことも

なかった、

・・・そうであった筈なのに、それが、年を取ってきて、

過去のあれこれが、ふっと、蘇ってくるような瞬間がある、

というか、そんなフラッシュバックの瞬間が増えてきた。

それが年取った・・・という現象なのか、

 

 たまたま 自由な境遇?であることも関係しているかも

しれない、重篤な問題をかかえていたり、身近に介護の要る

ひとが居たら、そんな昔のこと 思い出してる暇もないで

あろう・・・。 

 

 

 

ダメージは忘れた・・・、のではなく、実は 心の深い底に

沈んでいただけ、あるいは無意識に封印していた・・・、

のかもしれない。

 

 

 しかし、傷つけたほうは忘れている・・・、

忘れている場合が多いのではないか・・・、 

T女子も、かっての事件のことなど、忘れていたかもしれない。

 

 

 

 ここで唐突だが、少し前の映画(2008?) 「青い鳥」

 学校内のいじめに真正面に取り組んだ秀作と言われている、

中西健二監督、阿部寛主演、

 

 吃音の教師が 言う。

いじめで自殺を図った生徒の教室で。

 

 

 「 忘れる なんて、 ひきょうだな 」 

 

 

                 ― 完 ―

 

  ***上記作品は フイクションです***

 

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