2013.09.13 遙か・旅路

    

        遙か・旅路

 

 

 

        大雪山丸

 

 竹芝桟橋から 2、3千トンだかの貨客船 “大雪山丸” 

に乗り、船底で積荷とともに二日半、  根室沖に着いた。

 

 そこからは岬から岬へ、来る日も来る日も海ばかり見ながら

過ごした。

 

 リュックに、着替えを数枚、小さな毛布シーツ、スケッチブック、

それに仕上がったばかりの詩集を一冊、しのばせた。

 

 

 切り立った崖から海をスケッチして、あのひとに送った。

  「さよなら」 と 書いた。

 

 会社も辞めた。

 

 まだじゅうぶんに若いわたしの、新たな出立の旅であった。

 

 

バックバッカー、という言葉もなかったころの放浪のひとり旅

である。

片道だけの切符を求めに行った先で、 

― 女の子ひとりで何日も北海道を旅するなんて、そんな、

無謀すぎます、やめてください・・・!

と、引き止められた、そんな時代でもあった。

 

 

 

    

    放浪の旅  

 

 広い広い原野を、長時間 汽車に揺られ ゴトゴト ゴ ト・・・ ゴトン、

線路を走りつづける 音、振動、あの感触はしっかり、身体に刻まれた。

 

 明日の行先は気の向くまま、広い道内では、予定も計画も役に立たない、

思い通りにいかないことも多い。

宿がみつからなかったり、電車に乗りはぐれ、ちいさな駅で半日以上、

待ったり。

 

納沙布の海辺で昆布採りをしていたおばさん、

「まぁ、そんな中学生!で一人で来て~、家で家族が心配してる

から早くお帰り!!」
 
 

 旅をしているあいだ、化粧っけもなく、髪は二つにおさげに
結わえていた。

 二十歳を少し越えた円顔の童顔をちょっと、オーバーに若く
見過ぎて、本気で心配してくれたのだ。


 納沙布の岬から、遠く、ソ連領の千島列島が見えた。

 

ユースの宿で一緒になった同年代の若者たちといっしょに、

深い森を越え、険しい山道や岩を上り下りして、

幻の湖といわれる オンネトー も見た。青く澄んだまぼろしの色

の水であった。


 
 摩周湖の、周辺の観光化には落胆したけれど、神秘さはじゅうぶん、

堪能した、人々が語るほど、それほど華やいだ印象もなく、摩周湖は

ただ、ひっそりとそこに在った。

 

 
 羊蹄山も見上げてきた。


 
 積丹の浜には、大小の石ころを乗せた赤茶けたトタン屋根に

低く傾いた軒の小さな小さな小屋が並んでいた。
 継ぎはぎだらけの
シャツや蒲団が海辺の砂利浜に、じかに
干してある。

 それでも、その辺の子らはバスが通るたび、無邪気に手を振る。

 積丹の素朴な岩と海と、カムイの佇まいを目に刻印した。

 

 

大沼公園で無人の駅に降りると、目の前はただただ、真っ暗、
一歩も進めない。

途方に暮れていると、富山の薬売りだという ライトバン(うしろに荷物を
積める仕様の車) が通り掛かり、
拾われて、宿まで無事に送り届けて
もらったりした。

 

 礼文の島で終日、シケて荒れる海を眺めて過ごした。
 どの海を
見ても飽きることはなかった。
 さびしくはなかった。

 

 島を去る日、女子学生が清らかな声で歌いながら舟を見送って

くれた。

   ♪さようなら また逢う日まで さようなら~~
  

    泣かないで 泣かないで さようなら~~♪

 

              

           冬の海で


旅の地で、季節は夏から秋、冬へと急ぎ移っていった。

漂泊の旅も終りに近付いていた。

 

 

表現しきれない様々な体験があった。たくさんの出合いもあった。

 

 

“じぶんひとりで 選択し、 決行し、 終結する”・・・。

 

ひとにささえられながらも、その精神は 放浪のひとり旅で身に

ついたとおもう。 

以後の人生の原点にもなっている・・・とおもう。

 

 

 

冬の海の風に吹かれながら

 

 北海道の長旅に、なみだの別れを告げた。

 

                 了

 

 

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