“うつ”の穴ぼこ

 

予想どおり ある日、から ストン!、と寒くなった。

 

毎年毎季?のことながら、暑さ寒さの境界がストン!、すぎる。 

暑いのから、ちょうど良い加減を跳び越えて、いきなり寒くなって

しまうのって、なんだか人生とおんなじだワ・・・、って思えてくる。

 ちょうど良い時期はすぐ忘れてしまうくらい あっという間で、

ふっと、気が付いたら、いつしか老境に入ってるような。

 

 急激な気候の移り変わりに、からだもこころも置いてきぼりに

なって、さながら トスカ??  いやいや、そんな洒落たモン

じゃなくて、 うつの穴ぼこ、・・・に蹲ってる状況か。

 

 

 そんなわけで、じっくりパソコンにも向かえないでいた。

一週間以上の無沙汰。

 

 

 

 

        風に飛ぶ天女の羽衣?!

 

 先だっての台風26号は、大島や各地にまたもや悲惨な被害を

もたらして、去っていった。

 

 前の川も豪雨でまたたく間に水位が上がって、アブナイ状況

だった。普段は川面の風景を愛でて楽しませてもらっている

のだが、ひとたび台風の季になると、そんなノー天気さも吹っ飛んで

しまう。

 

 西と北を除いて川に囲まれている我が家は周りも庭もぐしゃぐしゃ、

木の葉はモチロン、小枝もゴミも、ひっくるめて飛んでくる。

 

 うちからも何かかんか、飛んでいってるかも・・・、

 

 台風の翌朝、雨戸を開けて、まず目に飛び込んできたのは、

数メートル先の川並の桜の大樹・・の枝の先、何かが引っ掛かり

ぶら下がっている。

いっそう目をこらして見やれば、我が家から吹っ飛んでいった

とおぼしき、エアコン室外機を覆っているカバー、! ではないか?!

 

市販のカバーを掛け、念いりにもう一枚白いビニール袋を被せて、

ちゃんとゴム紐でしばりつけてある、それの二枚とも全部、強風で

はがされ、白い方のが・・・、

 枝に引っ掛かって、羽衣のごときぶら下がっている・・・、

 

 

 ひゃっ!!  目立つの何のって・・・

 

朝一番のストレッチも省略し、慌てて長靴履いて、
長い棹、じゃなくて
蜘蛛の巣払い用にしている園芸用の長~い支柱、
を持って、
駆けつけ、棒を振りまわし、かろーじてぎりぎり、届いて、
回収してきた。  
はぁ~、 市販のカバーのほうは行方不明なり。

それ、二階用の室外機の。

 

 下の室外機一台の両カバーも吹っ飛んでて、それは庭のあちこち、

枝やら葉っぱやらに引っ掛かっておった。他の二台のは無事。

夏も冬も殆ど使ってないのに、4台のエアコンがある、

そのうちの古2台は稼働するかしないかは不明です。

 

 

 

 

       ダンシャリくそたわけ、か

 

 蹴りたいダンシャリ、か、  う~ん~~~、ムムム、

 

 ただいま目下、ダンシャリとの闘い決行中なんでございます!

 

 今月に入って、地域の小中学校の資源回収が行われている。

それに備え、遅延、or 中止・・の状態にとどまっている

衣類のダンシャリとやらを・・・!

 

 

 数日前からぼちぼち 衣類を出してきて要・不要の選別を・・!

まずは 1年のうちで着たものだけを ストッカーにしまった。

 

 モンダイは残りのもんである。

おそらく、クローゼットに収まっているもの、ぜーんぶ放り出せば

膨大なる大山になる、ともいえる量ではある(と思われる)。

 

 そのうちからまた更に、選別する、 ・・・これ、一大事業やねん。

 

 とりあえず放り出した衣類の小ヤマ、-ぜん~ぶは出してない―

 

 を、寝室の足元に積んだまま、数日が過ぎる。

 

 

 なにかしら、こころが曇って、そのうちシトシト雨さえ降って

きて、ひたすら、“うつの穴ぼこ”に落ちてゆくのであった。

 

 

 小学校の資源の日には、新聞紙のほかは 数枚の衣類のみ出した。

 

 かくて、小ヤマは依然そのまま・・・。

 

 *** ダンシャリがなんだっていうの。これまで生きてきた

生涯の軌跡まで断しゃりする必要はないんじゃないの。

 

*** 少し前、エッセイブログ、hitomiさんという方の

8・6日「断捨離できない」記事中の文を共感しながら読ませて

いただいた。上記・少し引用をお借りしました。

 

 

 人それぞれ、しまっておきたいものってあると思う。

それは子育ての思い出(―だけではなくてそこには様々な辛さ、

歓び他などの感情も追随されていると思える―)であったり。

わたしの場合は、多数の情景を伴った洋服であり、

数十年書きつづけてきた作品群であり、書物であり・・・。

 

 

 で、悩んで考えて、もろもろ経て絞り出したのは――、

 

遺ったモノたちは、子どもたちに処分してもらおう!

 

これまで、子どもたちに迷惑かけまい、として仕舞支度を、と

決めてはいたが、悲しい哀しい寂しい淋しいそんな思いまでして

子孝行するのはやめよう!  決めた!! 

 

 子どもたちにとっては、何でもないモノたちかもしれず、

それは淡々と処分していけばよい。育ててもらった最後の

恩返しとして。始末仕事として。

 

 前にも書いたと思うが、転居の際、家具は殆ど、処分してきた。

子らの机椅子、ベッド、自分の古机、六点セットの花嫁道具の

三面鏡のみ残して、和・洋タンス数棹、四人の家族分の茶碗他の

入っていた大きな食器棚も食卓も、書棚その他ぜ~んぶ。

思い出も涙もふりきって、髪振り乱して、  処分してきた。

 箪笥は陽の当らない北側に置き、大切に扱ってきたから、抽斗

の敷物を取ったら、まだまっさら、状態だった。手を合わせて、

ふりきった。

 

 新居に入ったとき、資金も家具もすっからかん!!

な~んにもない。

四角四面の空き状態でスタートし、しばらくは引っ越し用

の段ボール代用での 文字通り“段ボール暮らし”だった。

 

 

 なので、今も 比較的 真四角状態、ではあると思う。

ただ単純にだらしなくモノが片付けられず、部屋が散らかっている

というのは、論外として、

それぞれの生き方処し方に準じたダンシャリ法があっていいのでは

ないだろうか。これ、片付け法の諸センセイに言わせたら、

ただの言い分けになるかもしれないが。

 

 

 漸く、そのようなケツロンに達したのである。

 

 

  ***断捨離とは 古来インドの深い思想によるもので、

上記文は、決してそれに異を唱えるものではありません。

 

 

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