2013.11.15 居酒屋 佐希乃

       
    
         居酒屋・佐希乃

 

 

 表から脇へ一本入った通りに、小さな建物の並ぶ一角があった。

 そのうちの一軒、連子格子の戸を開けると、カラカラ・・と音がした。

 佐希乃 と、のれんに染め抜いてある。

 

 開口半間ほど。カウンターに椅子が六、七脚。数人入ればいっぱいに

なってしまう、こじんまりした店だ。

 

 素人出のママがひとりで切り盛りしている。目立たない店だから、

ふりの客は少ない。ママの昔馴染みか常連客か。見知らぬどうし、

カウンターで飲んでいていつのまにか言葉を交わしているようなことも

あった。

 

 店の常連に、タンちゃん、と呼ばれる二人の男客がいた。ひとりは

タンノ。長めの髪をバックに撫でつけて聡明な理論派タイプ。独身だが

デパート勤めのフィアンセがいる。

 もうひとりのタンちゃんは、タツミ。スポーツマンタイプでつい先まで

はスポーツ用品問屋に勤めていた。彼には元モデルの混血美人の
夫人と
男児がいる。こちらのタンちゃんは見掛けに寄らず繊細で
ナイーブで、
しかも短気。少々世間並みの規格からはみ出ていて、
職場がちょくちょく
変わるらしい。

 

 このふたりタンちゃんが、佐希乃の代表各的な客だ。


  この二人、気が合うらしく大体毎夜顔を出す。他に男客が一人、二人

集まると、ムツカシイ話になってくる。「・・・吉本隆明がこう言ってるんだ

・・・、しかし何だな、オレは・・・」

 こうなると、女たちはうかつに口をさし込むことは出来なくなる。

 隣席のクミコが分厚な札入れから券を数枚、取り出して見せる。

 

 「なに? それ、」

 「バケン、よ。このあいだ、ちょっと当たっちゃってね。シメシメ!なの」

 

 ・・・へぇ、クミコが競馬を始めたなんて、知らなかった!

 


 男たちがこっちを向いてきて、ムツカシイ評論からたちまち

競馬談義に変わる。ひとしきり、馬券の話。


 「・・・おもしろそうネ、わたしもいちど買ってみようかナ・・・」

 すぐ、タツミタンちゃんの声が飛んでくる。

 「ダメダメ!!  女の子が馬券なんか買っちゃ!

   ・・・・オトコを五人くらい買ってからにしな!」

 

 


   ・・・・ウン、じゃ、今から、オトコ、買ってくる・・・

 

 

 カタン、と椅子の音をさせて、そのまま外へ出てくる。

 ずんずん、歩いていく・・・。

 

 

 あわただしく追い掛けてくる影があって、大きな体ごとタンちゃんが

止めにきた。まじめにコワイ顔だ。

 

 

 その日から、タンちゃんの心がこっちに注がれてくるようになった。


 カウンターの隅に座っていると、無骨ながら何くれとなく気を配ってくる。

ブンガクの話、詩の話をした。


 帰る時は、広い通りまで送ってくる。

・・・じゃぁな、気をつけて帰れよ、まっすぐ帰るんだぞ。

電車にひかれるな。

 


 兄が妹を慈しむような間柄である。店以外で会うことはない。そんな二人

にママの厳しい目が注がれていることなど、まるで気が付いていなかった。

 

 

 しばらくタンちゃんの現れない日がつづいた。店での彼しか知らないから、

ママにたずねてみる。

 
 ・・・ママ、タンちゃんは?このごろ見ないのね、どうしたのかな・・・


 ママの返事は何故か歯切れが悪い。わざとタンノタンちゃんと取り違えたり

する。このごろのママは実にそっけないのだ。クミコや他の客には以前と

変わらないのに。

 

 

 


 数日後の昼下がり、街のなかでママとタンちゃんが連れ立って歩いて

いるのに偶然出会う。いつもは和服のママが華やかな洋服を着て、

結いあげない長い髪も初めて目にするものだ。
 あわてて、問いもしないのに
二人の口実を説明するママ。
 憮然と立ち尽くすタンちゃん・・・。

 

 その狼狽ぶりはかえって不審を募らせるものだった。

 

 

・・・ママは、タンちゃんのことを、・・・

 ・・・そう、そうだったの?・・・

 思い返せば、ママの態度はみな合点がいく。

 

 ・・・うかつ、だったと思う。


 タンちゃんを横取りするつもりなんて、ない。

つくづく うかつだった。

 

 

 

 

 

      *

 

 明日、嫁ぐという日、

店へ寄って、タンちゃんに告げた。

 

 一拍、息を呑む刻。沈んだ声で、外へ出よう、と言う。

「・・・用があるの。明日のことで忙しいし。・・・いろいろ、

ほんとに、ありがとう。 ・・・おげんきでね」

 

 タンちゃんは、手帳にペンを走らせると、ピリっと割いて、

手に握らせた。

 馬券買う話をした日のように、うしろから追い掛けてきて、肩を

抱くようにして、

 

  ・・・げんきでな。しあわせになってな。

 今度もやっぱり、コワイ顔をして、ふかい色の眼つきだった。

 

 

 手に渡された紙片には、こんな歌のようなものが書いてあった。

 

     探しなむ愛は何処と今此処に

         告げるすべなく明日は往く身か

     

 

         **上記 掌編作品はフィクションです。

 

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